【ボディガードと実際⑩】番外編|通り魔的犯行への対抗策はあるのか?

包丁を持つ手

令和3年8月、小田急線の上り車内で発生した無差別刺傷事件。
ひとりの異常者が手にした刃物によって、女性一人が重症。
他にもあわせて10人が重軽傷を負った。

追記:10月末日に、上記の事件を模倣したと思われる殺傷・放火事件が京王線車内で発生しました。

もしも同じ場面に遭遇したとき、自分や大切な人を守るために出来ることはあるのでしょうか?
今回はボディガードの体験談の番外編として、われわれ一般人でも可能な防衛について、現役の身辺警護員に質問します。
お話は、これまでに何度も貴重な体験を聞かせていただいたK氏に伺いました。

K氏のプロフィール
身辺警備歴26年
20代半ばのとき大手警備会社の協力企業で身辺警護専門の会社に入社。
前職は厨房機器メーカーの営業という異色の経歴。

過去に掲載したK氏の体験談
身辺警護の実体験|はじめてのボディガード
身辺警護が語るストーカー(DV対応)の現実とは?

身辺警護の体験談【番外編】通り魔的犯行への対抗策はあるのか?

通り魔・・・出会ったら運の尽きか?

小田急線内で発生した無差別刺傷事件。
このような犯行への備えはむずかしいと思いますが、現実に被害を防ぐことは可能なのでしょうか?

多くの犯罪には、狙われにくくするための対策が存在します。
つまり防犯です。
防犯とは、犯罪との遭遇率を意図的に下げる行為にほかなりません。

しかし中には例外がありまして・・
発生する時間も場所も予測できない「通り魔」は、被害者側に避ける方法がないのです。

池袋の暴走事故と同様に「その日その時刻そこにいた」
それだけの理由で被害に遭うような事件は、個人の力では遭遇率をコントロールできません。

出会ったら運の尽きという事ですか?

出会いを避けるのは難しいですが、運は尽きていません。
しかし現役のボディガードであっても、同じような状況で確実に身を守れる保証はないのです。
刃物による不意の攻撃は、それほど恐ろしいと言えます。

もしボディガードが襲われた場合、身を守れる確率は6~7割ほどと思います。
これが普通の人であれば1~2割程度はないかと。

あくまで数字は私のイメージなので根拠はありませんが・・・
つまりボディガードの場合、50%以上生存率が高くなると思います。

日頃から格闘技の訓練をしているボディガードなら当然ではありませんか?
そんな話を聞いているのではありませんが・・・

護身術より遥かに効果的なこと

そうですね。 現実的な話をしましょう。
じつは護身術に長けているから、という理由だけではないんです。

もちろん極限状態では、ときに格闘技のスキルも重要になります。
しかし格闘技は奥の手に過ぎません。身を守る万能薬にはなりえないんです。

むしろ格闘技や護身術よりも、遥かに大事なことがあります。

それはなんですか?

結論から言うと「いち早く異変に気付く」ことです。

津波などの自然災害と同じく、被害に遭うかの境になるのは、危険を認識してから退避を完了するまでの時間的余裕です。

慎重な解説が必要なので、まずは状況をまとめましょう。

今回の事件では、被害者と一概にいっても、最初に襲われた女性と、その他の方達では大きな違いがあります。

最初の女性が被害を避けるためには、犯人が狙うより先に「異常者だ!」と気付くか、相手が刃物を握るよりも早い段階で逃げることが条件になります。

そんなことできますか?

不可能ではありませんが、相当むずかしいでしょう。はっきり言って、かなり運に左右されます。
「運」という言葉をつかったのは、個人のスキルだけでは打つ手がないからです。

つまりはどうしようもないと?

無差別な犯行は存在しない

その時こそ、護身術や格闘技の出番ですが、刃物に対抗できる技量の持ち主というのは、格闘技でも相当の熟練者です。わずかにかじった程度では、太刀打ちできません。

さらにいうと、通り魔は相手を選んで襲いかかります。
自分よりも弱そうな相手を探して襲い掛かるので、格闘技とは無縁そうな人が狙われやすいというジレンマもあるのです。

無差別といっても、そんなことはあり得ないと?

はい「誰でもよかった」という言葉には、「自分よりも弱ければ」という注釈がスッポリ抜け落ちています。

「誰でもよかったと」言いながら、力の弱い人にしか襲い掛かれない連中です。

しかし腕力に劣る人が、より被害に遭いやすいことに変わりはありません。
この手の犯罪において、女性・子供・老人・障害のある方は、圧倒的に不利になります。

たとえば相手の力が9、こちらが1としましょう。
この9対1を逆転することは無理です。
しかし7対3や、6対4まで上げることは不可能ではありません。
不利であることに変わりはありませんが、出来るのなら試すべきです。

ただしそのためには、3つの心構えが必要になります。

1から順に教えていただけますか?

身を守るため心得その一

まずはスマホに目を落す時間を減らすことですね。
歩きスマホが社会問題になってから大分経ちますが、いまだに多くの人が平然としています。

完全に無防備な状態で移動する歩きスマホは、護身の観点から言っても「最悪の行為」です。
しかも「警戒心ゼロ」のアピールにもなるので、通り魔に遭遇したら確実に刺されます。

まず心構えとして、歩きスマホは絶対にしない。
その気持ちがあれば、電車や公共の移動手段中でも、画面に没頭する割合が徐々に減ると思います。

妙な行動をする人間がいないか観察するクセが付くと、誰でも警戒センサーが発達します。
これが身に着くと、意識しなくても違和感のある人や現象が、目に飛ぶこむようになるんです。

いち早く行動するには、少しでも早く異常に気付くことが不可欠です。

どれくらいで身に付きますか?

その人の危機感によりますが、1週間くらいで変化が出ると思いますよ。
人間の感覚というのは、よくできたセンサーなんです。

いきなり気持ちを切り替えろと言っても難しいでしょう。
しかし周りへの配慮は注意力に直結します。
スマホに捕らわれると、目は開いていても何も見えていないと同じなので要注意です。

2点目はなんでしょうか?

心得その二

やはり護身用品に頼らざるを得ないでしょうね。
中でも一般の方にも使えそうなのは催涙スプレーです。

ただし護身用品を持ったからといって、安全が飛躍的に向上することはありません。
世間で思われているほど、簡単に扱えるモノではないんです。

効果的に使うためには、ただしい知識と練習が不可欠になります。

しかし道具に頼れば、圧倒的な体力差を少しでも埋めてくれるのも事実。
素手では出来ないことも可能になりますから。

でも護身用品の携帯は、軽犯罪法で禁じられています。

その通り。
持っている時に職質を受ければ、ペナルティーを受けます。
また必要に応じて使ったとしても、過剰防衛に問われる可能性があります。

なので携帯するか否かの判断は、完全に自己責任です。

襲われる危険と、軽犯罪法違反のリスク。
これらを考えて、個人でご判断いただくしかありません。

では3つ目をお願いします。

最重要!!心得その三

ある意味今回の本題はこれです。
女性や老人だけでなく、すべての人に関係しますので、しっかり解説しましょう。

最初に触れましたが、この事件の被害者は「最初に刺された女性」「その他の人たち」に分けることができます。

両者の大きな違いは、凶行を避けるために与えられた時間の差です。

最初に刺された女性には、被害を避けるための時間がほとんど与えられていません。
正直言って獲物の一人目に選ばれると、多くの人は手段がないのです。
一方で他の人たちは、犯人からの距離が遠いほど、多くの時間が与えられています。

しかし同じ電車に乗っていた人が撮った映像をみると、ほとんどの人が棒立ちでした。

たしかに緊張感が足りない印象は受けました。

実際に狙われた人とその周囲にいた人、この2者では逼迫度がまったく違います。

通り魔が昔の武人のように、名乗りを上げて勝負を挑む事はありません。
気づかれないように接近し、弱者に致命傷を与えようとします。

襲われる側の不利を少しでも解消するには、早く気付くだけでなく、早く行動に移さなければ意味がないのです。

護身術で相手を撃退するのは、やはり夢物語ですか?

被害を軽減する3つのステップ

避けようのないトラブルに対抗するには、訓練と運が必要になります。
「運」という言葉を使ったのは、状況の深刻さを強調したいからです。

これまでの話をまとめると、

  1. いち早く異常に気付く
  2. 素早く離脱する
  3. 無理な場合は戦う

この3ステップになります。

しかし一般の方にとって現実的なのは1と2でしょう。
3が先ほどの護身用品になりますが、長くなるので今回は触れません。

基本的に老人・子供・女性が、成人男性に力で勝つことはむずかしいですからね。

はい、例外をのぞいて暴力を跳ねかえす方法は存在しません。
つまり暴力でこられたら、成すべがないんです。

結局一番の対抗手段は、サッと逃げること。
しかしこの「サッと」が、多くの人にはできないのです。

今回の事件でもそうでしたね。

正常性バイアス

「正常性バイアス」や「同調バイアス」という心理があります。
私は専門家ではないので、語れるほどの知識はありませんが、

「まさか大した事件ではないだろう」
「周りも気にしてないから大丈夫だろう」
「自分だけ動くのは恥ずかしいな」

など、いち早い行動の妨げになるのは、まさにこれです。

私も心当たりがあります。

過去に誤報を経験していると、多くの人はせっかく警報を受け取っても「今度も大したことないだろう」と根拠なく楽観視しがちです。

警報を発令する側も、気を付けてはいるんでしょうけどね。

自然災害でも人災でも、もしものとき大事なのは初動の早さです。
「闘争か逃走」いずれを選ぶにしても、即断の重要性は変わりません。

「周りも無反応だから大丈夫だろう」と希望的観測でのスルーは危険です。
まわりの判断は当てになりませんし、そもそも判断すらしていない可能性があります。

たしかに周りの人が自分よりも賢い保証などありません。

周りの反応はあてにならない

本来なら赤の他人の判断に、信ぴょう性が無いことは誰もがわかっています。
しかし判断材料が少ない状況では、簡単に周囲に流されやすいのが人間の怖いところです。

車の運転などでも同じことが言えますね。

そうですね。
誰とも知らないドライバーなど、信用できる材料が一つもありません。
なのに「この状況でブレーキを踏まないわけ無いな」と憶測で直進したり、よく見もせずに道路を横断したりは、誰もがやりがちです。

多くの場合は問題ありませんが、甘い判断が一定の割合で事故につながります。

正常性バイアスに流されないためには、どうすれば良いのでしょうか?

なによりも、そういう心理の存在を認識する事でしょうね。

違和感と恐怖は、もっとも信頼出来る危険のサインです。

このような時、ボーっとするボディガードは一人もいません。
最初に言った一般の人との大きな差はココなんです。
しかしこれは訓練の賜物。

はっきり言って、僅かな違和感に反応して心を切り替えるのは、一般の方には難しいのです。
しかも過剰な警戒心を持ちながら生活することは、心に変調をきたす恐れがあります。

心を病む可能性があるという事ですか?

正常性バイアスは必要な認知機能

はい、その可能性が無いとは言えないんです。
正常性バイアスというのは、社会生活を送るうえで必要な心理でもあります。

人間は多少の問題はスルーすることで、日々絶え間なく起きる違和感に不安を感じずにいられるんです。
これに一個一個反応すると、大変な疲労を抱え込むことになりますから。

話は逸れますが「パニック」というのは一定の条件が揃わないと意外と起きないんです。
それも正常性バイアスの影響かもしれません。

※11/1追記:10/31の事件では、多くの人に前回の記憶が残っていたせいか、すばやく逃げた方が多いように見えました。

しかし不安が日常であるボディガードの仕事は大変そうですね。

実際このことに悩むボディガードは多いです。
つまり「鈍感力」が足りないんですね。

私もこの切り替えが得意ではありません。

余談ですが、もし精神科の診断を受けたら、PTSDと判定されるボディガードは多いと思います。

バランスが大事ですね。

空振りは当たり前

そのバランスが難しいんです・・・

しかし、あくまでボディガードの職業病みたいなものなのですからね。
一般の方は、すこし神経質くらいで丁度いいかもしれません。

何よりも、そのような心理の存在を知ること。
そして、周りに同調したからといって正解という保証はなく、
むしろ間違いであったケースも多いと理解することが、素早い行動への第一歩と思います。

「そんなわけない」と決めてかかるのは、安全への怠慢です。
「もしかしたら」と思い、空振りするくらいがいいでしょう。

最後に護身術についての考えを聞かせていただけますか?
今回は触れないと言っていたのに申し訳ありませんが・・・

護身術については、あまり話さないようにしているんです。

護身術というのは絶体絶命の状態での対処法です。
文字通り絶対に命は無いわけで、そこから助かるというのは九死に一生を得るに等しい事なのです。

しかし世間ではそう思っていない人が沢山います。
護身術を極めれば最強だと・・・

百戦百勝を目指しつつも無理と知るのが護身術

そうですね。

そもそも論として、
「この技は使えるとか使えないとか・・・」「この護身用品は良いとか悪いとか・・・」
そんな議論が見当違いなんです。絶体に絶命するんですから(笑)

しかし僅かでも生存の確率をあげるため、引き出しは多い方がいいでしょう?
なのにその中の一つ二つを紹介すると、不毛な論争に巻き込まれかねないんですよね・・・

私にとって護身術は、自分や周囲の人を守るためのものなので、人前で語る必要はないんです。

潔い考え方と思います。
そのうえでオススメの護身術はありますか?

そうですね・・・あくまで個人の意見ですが・・・
護身のために護身術を始めること自体おすすめしません。

セルフディフェンスを重視するなら、先ほど言ったように催涙スプレーが一番有効です。

他にもスタンガンや警棒などありますが、それらはダメですか?

諸刃の剣どころか足枷になる

だめです。
はじめての子は自転車にうまく乗れませんよね?ケガをするのがオチです。

自転車と違いこの場合のケガは、いろんな意味で深刻です。

いろんな意味とは?

もちろん肉体的なケガの他、武器の所持による法的制裁というケガ。
それに武器を持ち歩いた人間に貼られる「レッテル」もケガといえるでしょう。

それは催涙スプレーも同じですよね?

はい全くおなじです。
より攻撃性を連想させる警棒やスタンがガンよりは、多少印象は和らぐかもしれませんが。

ところで子供の護身にも催涙スプレーは有効ですか?

子どもに護身術という選択肢はない

とんでもない!!
護身術とは暴力への物理的な抵抗です。
子供に「たたかう」という選択肢はありません。

被害に遭わせない環境づくりと、万一の時になるべく大人が助けに入るしか、今のところ無いと思います。
持たせられるのは防犯ブザーだけであり、逆に防犯ブザーは確実にもたせましょう。

人気の防犯ブザー2021|レビュー高評価&オススメ4選|子供編

しかしKさんは護身術に懐疑的ですよね。
ボディガードなのに。

むしろボディガードだからかもしれません。

私は空手を35年やっています。

この仕事を始めて26年になりますが、武器と対峙したのは、刃物が2回・バットが1回です。
意外と少ないでしょう?
幸い拳銃は今のところありません。あーガソリンというのもありました。

一般の人から見ると十分多いです

武術・格闘技の存在意義

いずれのケースも、事なきをえましたが、やはりそれは空手の稽古のおかげじゃないかなと。

しかし反面、成果を実感できるほどではなかった・・・
という不甲斐ない事実もあるんです。

ちなみに今まで空手の稽古に、五千時間以上は軽く費やしていると思います。
これだけの長い時間を、一生に一度使うか分からない稽古に費やし、しかも万一のとき使える保証はどこにもないんです(笑)

言い方は悪いですが、護身目的で武術をはじめるのは、コスパが悪いんですよね。
なので一般の方が武道をはじめるのであれば、護身術以外の付加価値を見つけたほうが、モチベーションに繋がると思います。

例えばどんな付加価値ですか?

ダイエットでも、趣味でも何でもいいと思いますよ。

護身術と捉えると効率が悪いですが、武道を継続することで得られる喜びはそれだけではありません。
人生に大きな影響をあたえてくれます。
そういう意味では他の趣味と同じです。

ではボディガードにとって護身術は無くてもよいスキルなんでしょうか?

大丈夫?ケンカの弱いボディガード

優先順位的にトップのスキルではありません。
しかしボディガードである以上は、絶対に必要です。

車に安全性を求めた場合、エアバック有りと無しの2台があるとしたら、どちらを選びますか?

エアーバック付を選びます。

そういうことです。
サービス業である以上、お客様に選ばれる存在を目指すことは当然です。

もちろん私は護身術を絶対に使いません。
ただしクライアントや自分の身を守る手段がない時は別です。

その時は一切手加減しませんし、急所を狙って攻撃します。
護身術と中途半端につき合うことは出来ないんです。

今回の犯人が、快速急行を選んだのは「停車駅が少なく犯行しやすいから」と供述しています。
もしも運悪くこの電車に乗り合わせた場合、逃げ続けることは至難の業です。

なんだかんだ刃物が一番怖いですね。

武器を持った相手との対峙は、どんな達人にとっても「殺すか殺されるか」
それくらいシビアなんです。

まとめ

如何だったでしょう。
参考になりましたでしょうか?
デリケートなテーマについて、赤裸々に語っていただいただきました。

今回の話はK氏個人の意見であり、ボディガードの総意ではありません。
しかし大変貴重な意見であることも間違いないでしょう。

最後に今回のまとめです。

襲撃への対応は以下の3ステップ

  1. いち早く異常に気付く
    そのためにもスマホに没頭するなどはもってのほか。
    危険反応センサーは、誰もが身に付く大事な力
  2. 素早く離脱する
    異常に気づいても行動しなければ意味がない。
    今の自分は正常性バイアスに支配されていないか?
  3. 無理な場合は戦う
    勝ち目は低いがやらないよりはマシ。
    催涙スプレーは一般人でも効果が望める唯一の護身用品

ひとりでも多くの方の安全にとって、本記事が役に立てば幸いです。

加藤 一統

ボデタンナビの運営者
加藤一統 一般社団法人暴犯被害相談センター 代表理事
民間警備会社で1995年より身辺警備(ボディガード)に従事し業界歴25年
ボディガードと探偵の依頼先をお探しの方に、条件やご要望に合う優良な警備・探偵会社を無料でご紹介。
長い業界歴を生かし「読みやすく価値ある」記事を提供いたします。

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