ボディガードが語る、刃物の恐怖と護身術【後編:技術について】
この記事の著者:一般社団法人 暴犯被害相談センター
代表理事 加藤一統 (ボディガード歴26年)
前編では「逃げることを真っ先に考えよう」と「逃げる際の注意ポイント」を解説しました。
しかし現実には、逃げることすら出来ない状況は、めずらしくありません。
むしろ、逃げるための条件がそろっているほうが少ないと言えます。
そのとき選択肢は1つ。戦って活路を見出だす事だけです。
前回お話したように、危険を避けるためには「少しでも早く危険を察知すること」が重要です。
これは、逃げるときだけではありません。
もし戦う場合でも、状況を理解して、判断するための時間をどれだけ確保できるか?は、生き残りの条件といえます。
修羅場では、1~2秒の猶予が結果に大きく影響するのです。
1.危険を察知する方法
「違和感と恐怖」は、身に迫る危険を知らせる大切なシグナルです。
これらは超能力ではありません。誰もが持っている感覚です。
ただし努力は必要です。
とくに違和感は、正常な状態を知らなければ、感じることが出来ません。
1-1 正常性バイアスに惑わされるな
最近、正常性バイアスや同調バイアスという言葉を耳にするようになりました。
たとえば、非常ベルが鳴り響く最中、ボーっと座っている人を見たことありませんか?またはご自身に、そんな経験がありませんか?
きっと周りの反応から、様子をうかがっているのでしょう。
素早い行動の妨げになる原因の一つが、この「正常性バイアス」です。
どんな警報でも、誤報の根拠はありません。そして、本物と分かったときは、すでに手遅れです。
じつは、国や自治体から発令される警報は、ほとんどが誤り。
しかし、中には「確報」があることは、言うまでもありません。
警報を聞いたら「即行動」子供でも分かるシンプルなルールです。
ただし最近は、連続した起きた電車内の刺傷事件をきっかけに、敏感に反応する人が増えたようです。
実際の映像を見ると、最初の小田急線の事件よりも、京王線のほうが、人々の反応が早いように見えます。
しかし、大勢が先頭車両に向かう中、いつまでも座っている人も散見されました。
修羅場での、無意味な強がりや鈍感は命取りです。
また事件の記憶が薄れるにつれて、多くの人の危機感は元に戻るでしょう。
人間は、想像しないトラブルには反応できません。
少しでも違和感を感じたら「いま自分は正常性バイアスに流されていないか?」自問が必要です。
1-2良い癖をたくさん持つ
防犯の効果は、小さな積み重ねで現れます。
小さな積み重ねとは、多くの良い癖を、日常に採り入れることです。
逆に言うと、悪い癖を減らせば、危険に出遇う可能性も減ります。
じつは安全を向上するには、安全対策を増やすよりも、危険な行動を減らす方が、効率的なのです。
- わずかな外出でもカギをかける
- 曲がり角は大きく回る(徒歩のとき)
- 多少遠回りでも危険な道やエリアは迂回する
- ガードレールの切れ目に停まったバンには近づかない
- ホームのギリギリに立たない
- 歩きスマホはしない
など、これらの小さな怠慢は、日常にひそむ危険を、間違いなく増やします。
防犯とは、足し算・掛け算です。
良い癖の一つひとつは、小さな効果ですが、種類の組み合わせと、時間の経過で、効果が足されたり、掛けられたりします。
逆に悪い癖を積み重ねると、犯罪に遭遇する確率が、期間に比例して累積されます。
残念ながら、これらを数字にすることは出来ません。
あくまで体感ですが、防犯を習慣化している人と、していない人では、生涯的に犯罪に遭う確率が、少なくとも2倍は変わると思います。
1-3危険アンテナの身につけ方
人間は、心の奥の感情を、無意識に外に向けて発信しています。
もちろん人それぞれに、サインの大きさは違うでしょう。
しかし、表情・しぐさ・言動などに含まれる、喜怒哀楽を察知できれば、危険な人間をいち早く知るうえでの、大きなヒントになります。
以下はその一例です。これらは私個人の経験から導き出した、私の判断材料です。
あくまで目安であり、当てはまる人が必ず危険とは限りません。
ここで重要なのは「自分なりの」判断基準を持つことです。
基準自体に、正確性は要りません。そもそも、すれ違う人をすべてチェックすることは不可能です。
しかし、判断基準を持つ人の目には、違和感ある人物が、無意識に飛び込んできます。
「本当に危険な人物か?」の判断は、そのあと丁寧におこなえばよいのです。
- 極端にキョロキョロ。もしくは一点を凝視
- 距離感が近い
- 声のボリュームがおかしい
- しぐさや動きが急
周りを観察すると、道行く人の中に、違和感のある人が浮きあがります。
大事なのは、アンテナの精度よりも「アンテナを張る!」という心構えです。
2.やむを得ず闘う場合
身に危険が迫ったとき、真っ先に考えるべきは「逃げ道がどこか?」これはどんな災害や事件でも大前提です。
しかし実際には、どう転んでも逃げようがないケースが少なくありません。
その時に出来ることはひとつ。
どんな手をつかっても、自分や大切な人を守ることです。
2-1 技術よりも気力
護身術とは結局のところ「やるかやられるか」そのときに心のブレは禁物です。
前編で、護身の命綱は「時間と距離」と話しました。
もうひとつ重要なポイントを付け加えます。
護身の極意は「不意を衝かれず不意を衝く」
いくらトレーニングをしていても、不意を衝かれたら「なすすべ」がありません。
しかし不意打ちでなければ、素人でも決定的な一撃は、意外と避けられるのです。
一撃目で致命傷を負うと、その後はありません。
なので早めに、敵意のある人間の接近を、認識することが重要です。
逆にこちらの攻撃も、不意を衝いたほうが当たりやすくなります。
ただし相手の虚を突くには訓練が必要です。(不意を衝く方法は2-2で説明します)
まずは虚を衝かれないことに、集中しましょう。
そのためには、前編で解説した「異変にいち早く気付くための条件」を、理解する必要があります。
さらに護身では、技術以上に気力が武器になります。
明らかに体力の劣る相手でも、死に物狂いの抵抗はかなりの迫力です。
つまり気力で相手を上回れば、プレッシャーを与えることができます。
意図しては難しいですが、女性でも、子供を守ろうとする母親は、この気迫を見せることがあります。
2-2 使えるものは、なんでも使う
身の回りには、武器になるものが沢山あります。
ただしそれらを効果的に使うことは、簡単ではありません。
とはいえ「使えるものは何でも使う」の執念は、身を守る要(カナメ)です。
カバンや着ているものを盾にする
刃物と向きあうには「盾」が欠かせません。
身の回りで、盾にしやすのは「カバン・上着・傘」でしょう。
中でも一番使いやすいのは、カバンです。
刃物が貫通しないように、カバンに板を入れても良いですが、無くても十分に使えます。
不慣れな人は、刺突を防ぐというより、刃物を絡めとると考えた方が現実的です。
そのためには刃物ごと、相手の腕を押さえ込みます。
ここで必要なのは技術ではなく「死んでも腕を離さない!」という執念です。
疲れようが相手が暴れようが、第三者の助けが入るまで、その状態をキープ。
ただし一つ注意があります。刃物を持つ手を押えても、多くの暴漢は反対の手に持ち替えようとします。
密着状態で持ち替えられたら終わりです。絶対に持ち替えさせてはいけません。
ペンで突く
普段身につけている物で、もっとも武器に転用しやすいのはペンです。
先が尖っていて、握りやすいので、護身には最適です。
しかしペンでの攻撃は意外と複雑で、おそらく多くの人には出来ません。
誰でも狙える確実な攻撃は、首から上への刺突のみ。それ以外の場所は、意外と効かないのです。
しかし、相手が凶悪犯とはいえ、人の顔面に尖ったものを突き立てる事は、技術ではなく精神的にかなりのハードルです。
自分や大事な人の命を脅かす相手を気づかう必要はありませんが、善良な普通の人にとっては、簡単な事ではありません。護身に必要な覚悟は、ここでも求められます。
その他
本来、一対一で刃物と向き合うことは無謀です。
しかし、誰かがその役目をせざるを得ない時に、周囲のサポートは、大きな助けになります。
特に犯人の後ろの人の協力は、状況を大きく変えます。
背後からとはいえ、刃物を持つ者に攻撃をすることは、大変な勇気が必要です。
しかし通り魔は一人。周りの協力さえあれば、多人数で四方から制圧した方が断然有利。
正面から向き合う人をサポートすることで、被害が最小限で済む可能性が高くなります。
2-3 本当につかえる護身用品は?
身の回りの物を武器にする発想は大事ですが、護身用の道具が手元にあるなら、それを使うべきです。
ただしどの護身グッズは、誰もが簡単に扱えるとはかぎりません。
中でも最少のトレーニングで、効果が見込めるのは、催涙スプレーです。
また警備員であれば、服務中に携帯できるのは、会社から支給された警棒のみ。
催涙スプレー
催涙スプレーは、相手に命中すれば確実に効きますが、効果があらわれるまで、数秒の時間が必要です。(個人差と製品の性能による)
つまり相手が動けなくなるまでは、距離をキープする必要があります。
また経験から言うと、浴びる量と効果は比例します。
つまり相手が追いかけてくる間は、かけ続けた方が安全です。
ただし海外では、死亡事例もあります。うずくまったり、相手が止まったたら、噴射を止めましょう。
催涙スプレーについては、過去の記事があります。詳しくはそちらをご覧ください。
【防犯&護身術】催涙・防犯スプレーの効果的な使い方&オススメ3種|動画あり
特殊警棒
警棒は使い方次第で、刃物にも対抗できます。
つまり大変強力な武器であるため、練習と正しい知識が欠かせません。
下地がないと、むしろ自分を不利にする諸刃の剣になります。
警棒の使い方は、過去3回にわたり、記事にしました。詳しくはそちらをご覧ください。
【ボディガードの仕事】警棒術公開①|警護員向け特殊警棒の使用とタブー!動画あり
2-4 護身術の勝ち負けとは?(結果は自己責任)
実際に暴漢に襲われた場合、手加減しながら制圧することはできません。
よほどの体力差があれば別ですが、通り魔のように、暴力で自己主張する者は、ほとんどが成人男性。
大の男を相手に、手加減など出来るでしょうか?むしろ命の危機に直面した状況で、考えるべきではありません。
つまり自分を守るためには、相手を傷つけざるを得ないのです。
ここで気がかりなのは、正当防衛が成り立つのか?
もちろん状況や事例によるので、結果は何とも言えません。
ただし正当防衛が成立しても、それまでには長い拘束時間と金銭的な損失が、必ず待っています。
場合によっては職や家族も失います。
できるだけ護身術は使わないほうがよいのは、これが理由です。
護身術は運に左右されるうえ、結果がどうであれ、損害が避けられないのです。
しかし、ほかに選択肢がないときは、ぜったい躊躇してはいけません。
いざという時の行動は、日頃の心構えで決まります。
この矛盾に日頃から向き合い、自分の中に行動の規範を決めておくことが、護身術の第一歩かもしれません。
ボデタンナビの運営者
加藤一統 一般社団法人暴犯被害相談センター 代表理事
民間警備会社で1995年より身辺警備(ボディガード)に従事し業界歴25年
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