【ボディガードの体験談】エピソード11|ご自宅でも身辺警護を|私邸警備とは?
現役のボディガードに、現場での実体験を語ってもらう本シリーズも11回目です。
今回の話は「私邸警備」について。
機械ではなく、実際に人間がクライアント様の邸宅をお守りする手法を「私邸警備」と呼びます。
個人や一般のご家庭からは、あまりいただかない内容のご依頼です。
しかし会社役員や著名人の私邸警備は、警護業界では大変多い案件のひとつ。
ある経営者のご自宅を現場として、実際に起きた出来事を語っていただきます。
今回は第9回のつづきです。
前回と同じくⅠ氏に話をうかがいました。
第9回の記事:身辺警護の体験談|会社役員の身辺警護
Ⅰ氏のプロフィール
45歳 身辺警備歴18年
元陸上自衛官 レンジャー課程修了
現在までに、数多くの 身辺警護の現場に服務。
過去に掲載したI氏の体験談
身辺警護の体験談|自分から自分を守りたい依頼人(前編)
身辺警護の体験談|自分から自分を守りたい依頼人(後編)
身辺警護の体験談|ご自宅でも安全を|私邸警備とは?
今回は私邸警備についての話を、お聞かせください。
はい、前回も話しましたが、ある企業が複数の暴力団から脅迫を受けたときのことです。
そのときは、役員のボディガードだけでなく、私邸警備も並行して行なっていました。
平日は、3名の役員様に対して、各々1名のボディガードが毎日はり付いています。
しかし、役員に警護が付いているのは朝8時から夜7時までの11時間。
つまり、日中の襲われやすい時間帯だけです。
それ以外の時間は狙われない、という保証はありませんし、ご自宅には家族もいます。
在宅中に招かざる来訪者がきた時のためにも、私邸警備が必要だったのです。
ということは、3か所ある役員の自宅を24時間警備するわけですね。
これはかなり規模の大きいご依頼では?
そうですね。
交代要員も入れると、私邸警備だけで1日に12名が必要でした。
昔はこのような、大人数の警護依頼が結構あったんです。最近では滅多に聞きませんが・・・
やはりコストの問題ですか?
そうだと思います。かなりの金額になりますので。
金額のことは知りませんが、このご依頼の場合すくなく見積もっても、一日に80万円は超えていたと思います。
なんせ12名もの警護員を24時間配置するのですから。
参照:ボデタンナビ|警備料金の目安ページ
近年それだけの警備料金を払える企業は、そう多くないでしょう。
ただし警備側も、いきなり12名を出せる会社はすくないですけどね。
Ⅰさんはどのようなポジションに配置されたのですか?
前回お話したように、わたしは会長の身辺警護を担当していました。
なので私邸警備まで入る時間的な余裕はありません。
休む時間がなくなりますから。
ただし、あくまでそれは理想論で、実際は昼は身辺、夜は私邸と24時間働きづめの日も少なからずありました。
ハードですね!業界的には当たり前のことなんですか?
会社によると思います。
ただしそうでもしないと、現場が回らない状況は年に何度かあります。
当時はわたしも若かったので何とかなりましたが、今やれと言われてもしんどいですね。
そういう時、着替えや風呂はどうしていたんですか?
家に帰って済ませます。
現場と家が離れているときは、着替えを持参して最寄のシャワーを使える施設を探します。
大抵サウナか会社ですけど。
身だしなみは重要ですからね。
着たきりで現場に出ることは絶対ありません。
毎日それを続けたんですか?
わたしは会長宅に週に2回ほど入りました。
昼間は会長の身辺警備を担当しているので、それが一番合理的でしたので。
運転手付きの社用車で、会長を自宅までお送りした後、そのまま私邸警備にスイッチする、という流れです。
ちなみに私邸警備用の車は、大抵こちら(警備会社)で用意します。
また近隣の迷惑にならず、ご自宅を一望できる場所に停車するのが一般的なやり方です。
道路に停車して自宅を監視するんですか?
自宅の一室や敷地内を警備用に提供していただくこともあります。
しかしこれは稀な例で、多くの場合は自社の車で路上から監視します。
路上駐車ですか?
駐車ではなく停車です。
定期的に移動してますし、人が乗っているので。
でもここが非常に重要なんです。
私邸警備というのは、数日から長ければ数か月も続きます。
家の近所に、黒スーツの男が乗った車が毎日停まっていたら・・・
大抵の人は110番に通報しますよね。
つまり不審者扱いされてもおかしくありません。
なので所轄の警察署と、近隣への挨拶まわりは必須です。
これがないと、本来の警備業務とは無関係なトラブルが発生します。
逆にここをしっかりしておけば、ご近所との問題は起きません。
警備が不審者扱いされたら元も子もありませんね。
そのとおりです、クライアント様にも迷惑がかかります。
もう20年以上前のことですけど、私邸警備中の警護員が、パトカー数台と7~8人の警官に取り囲まれたことがありました。
なんでも近隣から「停車中の車に、銃を持ったヤクザがいる」と通報があったとか(笑)
事情を説明して事なきを得たようですが、クライアントのお立場を考えると、ご近所とトラブルを起こした時点で会わせる顔がありません。
なんで拳銃を持っていると思われたんでしょう?
わかりませんが、腰に差した警棒を拳銃と見間違えたんじゃないですかね。
上着を脱いだ時にでも見られたんでしょう。
もしくは通報した方が、話を盛ったか・・・
とにかく、いろいろと配慮が足りなかったように思います。
私邸警備は住宅街など、多くの人の目につきやすい業務なので、基本的な配慮ができないと無用なトラブルを引き寄せます。
ところで私邸警備では、家に近づく人は全員排除するのですか?
お客様のリクエストと、安全のバランスしだいです。
でもこちらが怪しいと判断した人以外は止めないケースが多いですね。
逆に回覧板から宅急便の受け取りまで、お任せいただくケースもありますけど 。
かなりプライベートに踏み込む業務なので、なるべくご要望にしたがいます。
前置きが長くなりましたが、実際に起きた印象的な出来事を教えてください。
わたしの服務時間は、夜7時から翌朝5時だったと記憶しています。
朝5時に上がって、いったん帰宅して一風呂浴びてから会長宅に戻るんです。
この現場もそうでしたが、私邸警備は大抵2名でおこないます。
コストの問題で1名の場合もありますが、監視力や問題が起きた時の対応を考えると2名がベストなんです。
玄関がよく見える場所など、ベストポジションに停車して監視するのが理想ですが、そもそもベストなポジションがないお宅も結構あります。
そんな時は少しでも、良い場所を起点にして巡回します。
いつ相手が来るかもしれませんし、見た目以上に気を抜けない仕事です。
2人で絶えずクライアントのご自宅を見つめているんですか?
見つめているというより、徒歩での不定期巡回を織り交ぜたり、警備がいることをアピールしたりすることもあります。
それと私邸警備は、基本的に長丁場なので、交代で休憩をとります。
2人で何か話したりはしないんですか?
雑談ですか?せまい車内ですから多少はしますよ。
なので相性が悪い相手と組むとかなり辛いんです(笑)
チームとしての連携の意味でも、相性の良い相手と組むのは大事です。
それでは具体的な出来事を教えてください。
はい、お話したように、この現場の警戒対象はヤクザです、それも複数の組織の。
しかしこのご依頼は、クライアントの命を狙ってくるような危険な段階ではありません。
ただそうはいっても、暴力団が過去に起こした手口からして、銃弾を撃ち込まれる可能性は十分ありました。
たとえ威嚇でも、実弾による狙撃は、 受けた人に大変な精神的ダメージを受けます。
相手に殺意がなくても、発砲されれば流れ弾が当たる可能性は十分にあるのです。
連中は、安全確認などロクにせず撃ってきますからね。
私邸警備をおこなう責任上、けが人を出さないのは当然として、銃弾を撃ち込まれただけでも大失態なんです。
そのためにも「警護してるぞ!」と存在を全面にアピールされるのですね?
ここが難しいとこなんです。
警備体制の全面アピールというのは、威圧感を伴います。
特に一般の住宅街でおこなう場合、無関係の住民の方に不快感を与えるのは避けなければなりません。
たとえば門の前に立って、通行人に目を光らせることは、決して良い方法とは言えないのです。
そこまでアピールをしなくても、ねらう側は警備に気づくんじゃないですか?
その通りです。
狙う方もバカではありませんので、計画もなしに襲撃はしません。
当然下見をします。
その時に、ターゲットの傍に黒スーツが乗った車があれば、必ず目に止まります。
隙のない監視姿勢を続けることは、そのまま攻撃の抑止につながるんです。
相手もプロであれば、行き当たりばったりの行動は取らないでしょうね。
昔上司が「一つの襲撃には最低でも半年、長ければ年単位の準備期間がかけられる」と言っていました。
もちろん中には、明らかに急ごしらえ計画もあります。
Ⅹデー(決行日)まで、時間がない事もあるでしょうから。
しかし綿密な計画が多いのは事実であり、綿密であるほどこちらには恐ろしいのです。
しかし計画が綿密であればこそ、強固な警備体制を示すことで、諦めさせたり延期させることができます。
またそれが、私邸警備の目的でもあります。
なるほど。この案件で襲撃はなかったんですか?
結論から言うと襲撃はありませんでした。
しかし警護が始まってから2週間ほど経った日でした。
夜中に依頼人のご自宅の周りをうろつく男があらわれたんです。
深夜の来訪者ですか?
そのとき我々は、邸宅から道路をはさんだ斜め向かいに停車していました。
玄関から直線距離にして20~30mくらい離れた路上です。
午前2時ごろ、同じく道路をはさんで目の前あたりに、白いセダンが停まりました。
我々の15mほど先です。
深夜2時に住宅街で停車・・・明らかに不審ですね。
そうですね。なのでまずは車内から監視します。
顔や風体は分かりませんが、どうも相手は一人のようです。
なにやら助手席にある何かを漁っているみたいでした。
しばらくして、30代くらいのラフな格好の男が、小脇に何かをかかえて降りました。
ヤクザの雰囲気ではありません。
男は会長宅に足早に向いました。
取り押さえたんですか?
まだ何かをしたわけではありませんが、だまって監視をつづける状況でもありません。
我々は2人で同時に近づくことにしました。
しかし深夜の住宅街です。
そっと開けても、車のドアの「ガチャ」の音はかなり響きます。
ドアを開けた瞬間、跳ねるように我々のほうを振り向きました。
男はあわてて引き返そうとします。
こちらも足早に近づき、男が車のドアノブに手をかける前に、左右から囲みます。
「こんばんは、何をされているんですか?」と声を掛けると
「すみませんでした・・・」と頭をさげ、我々が何かを言わないうちに観念したんです。
男が抱えた物のに目を落とすと、それはビラの束でした。
結局その男は何者だったんですか?
解雇された元社員です。
クビになった逆恨みで、中傷ビラを会長宅と近隣に撒くつもりだったようですね。
我々を「警察だと思った」と言ってました。
自分を捕まえるために、警察が張ってると思ったんですかね?
気弱な人間にはよくあることです。
バレてるはずがない秘密を、皆に知られてると錯覚したんでしょう。
逆に、どうみてもバレている事実を、本人だけはバレていないと錯覚することもありますね。
まぁご依頼の趣旨とは関係のないトラブルでしたが、一応依頼人に確認したうえで、警察に引き渡しました。
では、その日は警察で事情徴収ですか?
そうなんですよね・・・
その場合、すくなくとも1名は所轄に呼ばれます。
そうなると人員が減ってしまうので、依頼人が望まなければ放免しようとも考えていました。
ご依頼人は警察に突き出せと?
そういう言い方ではありませんが、110番通報をお望みでした。
ではこの案件では他にトラブルは無かったんですね?
はい。前回お話ししたように、この案件では2人のヤクザが来社した日以降は、一切コンタクトがありませんでしたので。
というか、私の知る限りですけど、私邸警備で大きな事件に発展した事例は、極わずかです。
以前このブログでも紹介しましたが、ある現場で警護中の隊員さんが射殺された事件がありました。
実体験!或る身辺警護員の忘れられない体験:前編
はい、拝見しました。
宗教法人のご依頼ですね。
個人宅ではありませんが、たしかに私邸警備に近い内容だと思います。
あちらの案件は、探り合いの時期をとうに過ぎた、いわば戦争状態での出来事のようです。
本来なら警察がガッツリと介入するべき案件でしょう。
警察があそこまで暴力団を野放しにした事件は、都内では稀じゃないでしょうか。
少なくとも私は聞いたことがありません。あれはひどいですよ。
しかし現実には起こりえるわけですよね。
そういうことですよね。
今回紹介したケースでは、前もお話したように、早い段階で警察が介入していました。
我々警備会社に出来るのは、攻撃を防ぐことだけです。こちらから仕掛けることはありません。
つまり相手が攻撃を諦めないかぎり、事態が収束することはありません。
多くの場合、 解決には警察や行政の力が必要です。
今回もありがとうございました。
いかがでしたでしょうか?
第9回に続き、会社役員の警護について語っていただきました。
私邸警備と身辺警備は分けて考えるのではなく、並行しておこなうことが理想ということが分かります。
多くのご依頼人は、仕事場よりも自宅で過ごす時間の方が長く、また自宅にいるご家族のためにも、私邸警備は欠かせないケースが多いのです。
しかし現実に大きく立ちはだかるのが、コストの問題。
多くの場合、完璧な警備体制を実現すると、途方もない金額になります。
大事なのは取捨選択。
ポイントを押えた、警備の配置と、思い切った切り捨てであるとⅠさんは語っています。
そのポイントを導き出すのがプロであり、お客様に的確な提案をしてこそ、優良な警備会社といえそうです。
ボデタンナビの運営者
加藤一統 一般社団法人暴犯被害相談センター 代表理事
民間警備会社で1995年より身辺警備(ボディガード)に従事し業界歴25年
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