【ボディガードの体験談】エピソード5|自分から自分を守りたい依頼人【後編】
キャリア26年のボディガード、K氏が語る7年前の経験。
今回は、とても変わった警護依頼の後編です。
重度のアルコール依存症のため、酒を口にすると、命を落とす恐れすらある依頼人。
依頼人自身の衝動から依頼人を守るという、非常に珍しく、しかも一瞬の油断も許されない過酷な現場。
民間の身辺警護の仕事は、暴力から身を守る事とは限りません。
スターや著名人の警護は、ほんの一側面に過ぎないのです。
※個人上保護の観点からアレンジを加えていますが、内容は全て事実です。
身辺警護の体験談|自分から自分を守りたい依頼人【後編】
お酒の発見は盗聴発見業者の仕事ではありませんよね?
そうなんですよ。
盗聴器と違い、酒は電波を出していないので、勘を頼りに、目で見て探すしかありません。
これは想像よりも、はるかに大変な作業です!
残念ですが、盗聴発見業者では酒を見つけることは難しいだろうと伝えました。
しかしご主人も、ワラにもすがる思いなのでしょう。
それでも構わないと、全然ゆずらないのです。
少なくとも、素人の自分が探すよりは見つかる可能性が高いと。
気持ちは分かります。しかしタダではありませんからね。
その点もクドく説明したんです。
しかしご主人の気持ちは変わりませんでした。
出来ることは全てやっておきたかったのだと思います。
専門の業者を教えてくれというので、知り合いの調査会社に連絡を取りました。
二つ返事でしたか?
いいえ。結果に自信が持てないということで、最初は断られました。
しかし、「結果的に酒が見つからず、後日になって隠した酒が出てきても一切文句を言わない」という条件ならば、
という事で引き受けてもらいました。
これは当然だと思います。
その3日後、朝9時から夜7時までの10時間、2人の調査員が家中の捜索を行いました。
引越しさながらに、すべての家具を移動させての大がかりな作業です。
奥さんも立ち会ったんですか?
本来は、隠した本人の顔色を見ながら探すのが効率的です。
しかしそれをすると、この奥さんの場合は精神的に追い詰めかねません。
なので作業中は別室でくつろいでもらいました。
なるほど、結局お酒は見つかったんですか?
ええ、合計3本見つかりました。
それも普通の隠し方ではなかったです。
トイレの棚の奥にくりぬかれたスペースが作られていたり、ソファーの足の筒が広げられて、細い瓶が入るように加工されていたりと、本当に映画の「マルサの女」みたいでした。
すべて奥さんが自分で作ったんですか?
恐らくそうだと思いますよ。
手伝う人などいませんから。
よくよく見ると雑ではありましたが、どれもパッと見では絶対に分からないレベルでした。
酒を隠したい執念で、ここまでやるのかと、本当におどろきましたね。
賃貸か分譲か知りませんが、マンションの壁に穴まで開けるとは・・・
最後に、見つけた酒を前にして、旦那さんが奥さんを問い詰めたんです。
「他には隠していないのか?」と。
しかし奥さんの反応が妙なんですよ。
妙というと?
これ以上は無いと否定していましたが、反応からするとまだ有りそうです。
しかし奥さん自身も何かピンときてないというか・・・表現が難しいですね。
つまり私が思ったのは、本人も酒の隠し場所を忘れているのでは?ということです。
帰り際に調査員も同じ事をいってました。
「もしかしたら本人も忘れている隠し場所があるかも」と。
実際その予感は的中しますが、分かるのはずっと後です。
いつ分かったんですか?
2カ月後、奥さんが専門施設に入院した後です。
この仕事が契約終了になったあと、
一度だけ旦那さんから電話をいただきました。
トイレを掃除しようと洗剤を便器にかけたら、出てきた液体がサラサラの琥珀色だったと・・・
ウィスキーですか?
はい、奥さんが中身を入れ替えていたんです。
入れ替えた本人は覚えていないんですか?
いつだったか隠した酒について、本人にそれとなく聞いたことがありました。
やはり隠したことすら忘れているそうです。
しかしテレビを見てる時やシャワーを浴びてる時など、何かの拍子に思い出すと言ってました。
多分隠している時は、精神状態も普段と違うのだと思います。
その後はとくに問題なかったんですか?
いいえ。
その2~3週間後に、また同じことが起こりました。
ご主人の在宅中に奥さんがアルコールを飲み、しかも今度は救急車で運ばれてしまったんです。
隠してあった酒ですか?
最初は私もそう思いました。
しかし違ったんです。
その日もいつもの通り、夕方に旦那さんが帰宅したタイミングで下番(服務修了)しました。
夜自宅でくつろいでいたら、ご主人から電話があったんです。
前回と違い、語気は落ち着いていましたが、内容はショッキングでした。
「妻がアルコールの過剰摂取で救急搬送されました」と。
わたしも病院に向かうと伝えましたが、そこまでしなくても大丈夫ですとの返事。
ただ「明日もいつも通り出勤してください。」とだけ言われました。
どうやら深刻な話があるようです。
翌日奥さんはまだ病院でしたが、旦那さんの話を聞くために、いつも通り現場に向かいました。
結局どこから酒を調達したんですか?
飲んだのは酒ではありません、まな板用の消毒液です。
前日買い物で、2本セットの詰め替えパックを買っていたんです。
そんなに要らないだろうとは思いましたが、とくに疑問に思わなかったんです。
これは不覚でした。
ご主人の話では、その日の夜ご主人がシャワーから上がると、居間で奥さんが激しく嘔吐しており、
その横には除菌剤の空き容器が転がっていたそうです。
「まさか飲むために、消毒アルコールを買うとは想像できない。
これは仕方がありません」と、ご主人は私を責めることはありませんでした。
しかし私的には、とても責任を感じています。
そんなものを口にするとは・・・たしかに想像できませんね。
依存症の恐ろしさを垣間みた気がします。
味的にも、飲めたものではないと思います。
先ほども言ったように、奥さんように、症状の重い患者さんの場合、アルコール摂取そのものが、死に直結しかねません。
つまり、早期の入院はもちろん、アルコールを一滴も口にさせない事が重要だったんです。
その後はどうなりましたか?
奥さんの入院中の2日間は、私も休ませていただき、退院と同時に、警護も再開されました。
それから数週間後に、地方の専門病院の受け入れがきまり、実際に入院されたのは、それから1カ月後です。
その間はとくに問題は起きませんでした。
完全に契約終了ですね
その後、奥さんは元気になられたのでしょうか?
それは、わかりません。一切確認していませんので・・・
理由があるのですか?
契約が解除になったお客さんに、こちらから連絡しないのは、身辺警護のマナーだと思っています。
ただいずれにしても、この依頼人はとくに連絡がしにくいですね。
元気であれば良いのですが、そうでない場合は何と言っていいか分かりませんし・・・はっきり言って、元気になった姿が想像が出来ないんですよ。
そのぶん今でも気になるお客さんの一人です。
そもそも奥さんがアルコール依存症になった原因は何だったんですか?
まったく知りません。聞くに聞けませんしね。
あくまで推測ですが、ご主人との関係が原因じゃないかなと・・・少なくとも要員の一つではあったと思います。
最初にも言いましたが、ご依頼人宅の居間に、元気だったころの奥さんの写真が飾られていたんです。
その写真の笑顔からは、おとなしくて優しい性格が伝わってきました。
依存症になって外見は別人のようになっても、やはり人間性の良さは、ところどころに出るんですよね。
おそらく、家で旦那さんの帰りを健気に待つ人だったのだと思うんです。
しかし旦那はバリバリのビジネスマン。
仕事や付き合いが忙しくて帰りは毎日夜おそく。
奥さんを顧みる余裕もない。
子供もいない奥さんは、ひとりで寂しさを紛らわすために酒を・・・というのは私の勝手な推測ですけど(苦笑)
いずれにしても、私には典型的なキッチンドリンカーに見えました。
つまりご主人にも責任があると?
もちろん責任がゼロではないでしょうね。
しかし昨今、ジェンダーレスだの言われていますが、いまだに仕事を理由に家庭を顧みず、反省もしない亭主は大勢いますし、それが現実です。
ちなみにご主人は、奥さんとおなじくらいの歳だったので、おそらく当時40歳前後。
まだまだ付き合いや、誘惑も多かったはずです。
しかし仕事の時以外は、奥さんに付きっきりでした。
当たり前と言われると、返す言葉ありませんが、その当たり前が出来ない男が多いのも事実です。
きっと自責の念もあったのだと思いますが、奥さんに寄り添うあの姿勢は、本当に立派だと思います。
旦那さんが原因かは分かりませんよね?
あぁ・・・すみません。
くどいようですが、あくまで推測です。
しかし奥さんの難病に、一緒に向き合う姿は今でも忘れられません。
では最後に一言おねがいします。
多くの人が想像するボディガードとは、依頼人に襲いかかる敵とたたかう仕事ではないかと思います。
しかしアクション映画さながらの現場というのはむしろ稀で、正直現実はカッコのいいものではありません。
今回お話したような、普通の人が日常の中で抱える悩み・・・しかもかなり深刻な悩みのお手伝いが多いんです。
皆さん安くはない料金をはらい、警備業者に助けを求めてきます。
決して儲かる仕事ではありませんが、自分の行動の意義を、ハッキリと実感できる仕事なんです。
いつも思うのですが、自分の仕事に誇りを持てるという点は幸せですよね。
いかがでしたか。
過去に紹介したボディガード体験談は、銃と対峙したり、刃物の暴漢を取り押さえたりと、まさにボディガードのイメージを象徴した内容だったと思います。
しかし今回は、飲酒や自傷行為から本人を守るという、一見ボディガードの仕事とは無縁な体験を紹介しました。
しかし身辺警護のご依頼には、ごく普通の方々の、リアルなお困りごとも多く、それにともない、実際に対応をする警備会社も増えてきました。
昨今ではボディガードというよりも、エスコートのようなご依頼も珍しくはありません。
認知度や規模で比べると、まだまだ欧米には及ばない日本のボディガード市場。
しかし対応するご依頼内容の幅広さは、もしかしたら日本のほうが上かもしれません。
ボデタンナビの運営者
加藤一統 一般社団法人暴犯被害相談センター 代表理事
民間警備会社で1995年より身辺警備(ボディガード)に従事し業界歴25年
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