【ボディガードの体験談】エピソード3|或る身辺警護員の忘れられない体験:後編
ボディガード歴25年のベテラン、O氏の体験談の後編になります。
とても激しく、しかも大変痛ましい事件ですが、日本の身辺警備史上、非常に重大な事案の、当事者による貴重な証言です。
ここから学ぶべきことは、すくなくありません。
或るボディガードの忘れられない体験:後編
あらためて対峙すると、犯人がファイティングポーズをとったので、疲れを感じる間もなく、犯人に向かって前蹴りと、つづけて顔面に正拳を叩きこみました。
Oさんは剛柔流でしたよね?
極限状態で、詳細を覚えているのはさすがです。
正拳が相手のアゴの先端に決まり、ヒザから崩れ落ちたんです。
「これは効いている!」と判断して、
自分が放り投げた拳銃を拾おうとすると、
男は急に立ち上がり、全力で逃走しました。
拳銃を拾う間もなく、すぐさま追いかけ、
300mほど追跡したところで後ろから飛びかかりました。
犯人の抵抗はなかったんですか?
もう逃げる気力が残って無かったんでしょうね。
その場でへたり込んだので、
うつ伏せにして取り押さえましたが、
ほとんど抵抗はありませんでした。
ちょうどそのとき警察が到着したのですが、
じつに通報から30分後のことです。
うーん・・・それはさておき続きをお願いします。
男の身柄を警察に引き渡したあと「銃を回収しなければ」と思い、
格闘した現場へ引き返しました。
もどると銃はその場に放置されたままでしたが、
ハッ!とポケットの中の実弾2発と空薬3発の存在を思い出し、
取り出したんです。
その時なぜか、恐怖とは違う、怒りのような激しい感情が沸いたのを覚えています。
ちょうどそのタイミングで無線が鳴り、
隊員の一人が撃たれたと報告を受けました。
負傷者がいたんですか?
はい、戦慄が走りましたが、
無線報告では、撃たれたのはお尻で、
すぐに救急車が到着するとのことなので、ホッとしたんです。
そのまま犯人を取り押さえた現場に戻り、
回収した拳銃と弾を、警察に手渡しました。
撃たれた隊員さんに大事はなかったんですか?
その場にいた刑事さんからも
「命に別状はない」と聞かされ安心していました。
しかし銃を渡したあとは、警察署での事情聴取が待っています。
「今夜は長い時間拘束されるだろうな」と覚悟して、
そのままパトカーで所轄警察署に同行したんです。
思った通り、調書作成のため、長いこと取り調べをうけましたが、
受けはじめてから2時間ほど経ったころ、
撃たれた隊員が死亡したと知らせが入りました。
えっ!亡くなられたんですか!?
被弾したのは臀部でしたが、
かがんだところを撃たれたんです。
そのため、尻から侵入した弾丸は腸をやぶっていました。
しかも2発。
のちの犯人の証言から、
わたしが聞いた銃声3発のうち、
続けざまの2発が命中したようです。
搬送中の救急車内でこと切れたと、聞かされました。
それは・・・言葉がありません。
じつは8月末までは、
防弾チョッキの着用を厳守させていたのですが、
9月からは着用義務を緩くしたんです。
真夏の防弾チョッキ着用は相当きつくて、
それだけでも体力を削られるのが、大きな悩みでした。
事件が起きたのは、着用を緩和した矢先です。
しかし撃たれた部位を考えると、
防弾チョッキでは防げませんでしたね。
そうかもしれませんが、
防弾チョキの非着用は、油断の象徴だったんです。
悔やんでも悔やみきれません。
殉職された隊員さんはどんな方でしたか?
50歳手前の警察OBの方で、
当時のわたしより、10歳以上も年上になります。
バツイチで、別居しているお子さんがいらっしゃいました。
もともと内勤でしたが、その頃ちょうど人手が足りなくて、
たまたま現場にかり出されていたんです。
年下のわたしを「隊長」と呼び立ててくれる、とてもやさしい人でした。
あとで親しかった同僚に聞いたところ、
本人的には、本当は現場に出たくなかったらしいのです。
私には一言もいいませんでしたが、
隊長である私を困らせないための気遣いだったんでしょうね・・・
警察OBの方だったんですか?
はい、警察OBはロクなのがいませんが、
本当に誠実でよい人でした。
あっ!これはオフレコでおねがいします。
検討いたします。
しかし被害者がOBだったことが、
その後の捜査体制におおきく影響しました。
といいますと?
警察は否定するでしょうけど、
警察関係者が殺人の被害者になった場合、
捜査の入れ込み度は明らかに変わります。
とくにこの案件の場合、
殺人事件が起きたことで、これまでの所轄のズサンな対応を、
警視庁が知ることになりました。
所轄署は相当しぼられたと聞いています。
当たり前ですがね・・・
警察の対応が180度かわったと?
はい、警察もついに本腰を入れ始めました。
しかし事態がすぐに収束したわけではありません。
その後も警備は1年以上続きましたので。
ヤクザ側もあきらめなかったのですね?
そうです。
もはやそこで引けないほど、
彼らは、人も金もこの件につぎ込んでいました。
ハッキリ言って利権を奪うどころか、
投資分の回収も難しい状態と思うのですが・・・
その後も嫌がらせを続けてきましたが、
これはもはや、自ら体力を削る行為でしかありません。
あちらのメンバーが、どんどん逮捕されていったと。
そもそも何人ぐらいの組だったんですか?
チンピラまで入れると分かりませんが、
幹部などの主要メンバーは7人くらいだったと思います。
意外と多いですね。
その後は大きな事件は起きませんでしたか?
関係者の自宅に、銃弾が撃ち込まれたことがあったんです。
証拠はありませんが、奴らの仕業でしょうね。
結果的には、それが最後の悪足掻きでしたが、
その件で、組事務所を家宅捜索されたときに、
私の写真が見つかったそうなんです。
「これは危ない!Oも狙わているぞ!!」ということで、
翌日から私に、警察のSPが付くことになりました。
Oさんに身辺警備が付いたんですか?
ええ、そうです(笑)
毎日わたしの出勤前に、自宅に警察車両が迎えに来て、
現場まで送り届けてくれて、
勤務が終わると、また自宅まで送ってくれるという・・・
ワケのわからない状態でした(笑)
わたしは殺人事件の証人でもあったので、
警察としては、裁判まで必ず守る必要があったのですね。
ところで隊員さんを撃った犯人はどんな男だったんですか?
その組の幹部です。
たしか当時51歳だったと記憶しています。
えっ!チンピラじゃなくて、幹部が実行犯だったんですか。
結局どんな刑罰が下ったんでしょう?
無期懲役です。
ヤクザ者による一般人の殺害ですが、死刑にはなりませんでした。
その後、あの男がどうしているかはわかりません。
最終的には、
どのように警備が解除(契約終了)されたのですか?
具体的な理由は、
クライアントの言い分もあるので伏せますが、
結局ヤクザ側もイモズルで逮捕者が続出して、
実質的に行動不能になったんです。
しかし例の銃撃から1年以上もよく粘ったものです。
最後にOさんが、この経験から最も強く学んだことは何でしょうか?
そうですね・・・
わたしはこの件で、身辺警備の厳しさを改めて知りました。
また結果それを知るために、大変な犠牲を払いました。
プロとしてこの仕事に携わる以上、
わずかな油断や一切の慢心を許してはいけません。
具体的には、どんな事でしょう?
なにより身辺警護の現場に立つには、
3つの知識が必要です。
それは、
- 法的な知識
- 銃器・爆発物などの知識
- 救命処置のレベルをアップと維持
の3点。
よろしければ個別に教えてください。
法的な知識
とくに本件では、相手の法的な知識の利用がたくみでした。
我々も弁護士さんから、
助言を受けてはいましたが、
実際に現場で対応する隊員は、しょせん法律の素人です。
警備の開始当初は、
理解のたりない警備員が言質をとられて、
発言や行動が違法だ!と、よく相手に脅されたものです。
また警察からも「警備が悪い!」と責められていました。
一般的に警備員は
「警備業法・刑法・刑事訴訟法・遺失物法」
を研修で学びます。
しかし現実には、
法律を振りかざす相手の対応は非常にむずかしく、
相手の指摘が「ウソか?ホントか?」の判断などできないので、
現場の隊員は動揺してしまいます。
法律のプロにはなれませんが、
自分の行動や発言に「法的根拠がある」と自信を持てる知識は、
案件ごとに、頭に入れるべきと強く感じました。
銃器・爆発物に対する知識
本件では、前職で身に着けていた銃器の知識が、
多少なりとも生きたと実感しました。
またそれが、
事件の解決の一助になった「例」とも思います。
あのとき私に、銃器の知識がゼロであったら、
大怪我か、
場合によっては命を落としてもおかしくありません。
また相手の攻撃も、火炎瓶に始まりましたが、
我々が屈しないとみると、
攻撃が、回を重ねるごとに過激になる始末。
じつは大きな犠牲を出して銃撃を防いだあとは、
爆弾を使われることまで想定していたんです。
レンジャー時代の仲間に相談して、
戦時下の爆弾を使った攻撃と、
防御方法のデータをそろえて貰い、
それらを参考にした防護を用意していました。
一般に日本は、銃社会ではありません。
銃器や爆発物の知識が必要な日など、多くの人には来ないでしょう。
しかし警護を職業に選んだ以上、なぜ銃が恐ろしいのか?
どうすれば銃や爆発物を無効にできるのか?
その知識は必須と考えます。
プロに「想定外」なんて言葉は通用しません。
一般の人には必要の無い専門知識を身に着けた者が、
プロフェッショナルと言えるのではないでしょうか?
そもそも凶悪事件の遭遇率が、
一般人とボディガードではケタ違いなのです。
私の主催するセミナーでは、その辺に力を入れています。
銃器などの、構造、仕組み、効果を学ばないと、
いざ現場で、なんら発想が浮かびません。
しかもこれらは、
対峙した相手が知らなければ、有利に働く事ばかりです。
逆に相手がそれらの方法を知り、
対抗策を講じてきた場合には、
こちらも新たに策を考えなければならないと言う・・・いたちごっこですね。
したがって技術も機密情報のひとつに位置づけをして、
非公開にする事が重要ではないでしょうか?
救命処置のレベルをアップと維持
銃撃発生直後に、私は負傷者の元へ駆け付けませんでした。
言い訳になりますが、
犯人逮捕の現場から距離が離れていたことのほか、
刑事課の係長から、同僚は臀部を2発撃たれたが、
意識もあり命に別状は無いと聞かされ、気を抜いたんです。
その後、調書の作成のため急ぎ警察署への同行を求められ、
交代要員の要請をして、現場を後にしました。
今はその判断をすごく後悔しています。
それから数時間後に、
「撃たれた隊員が、病院に向かう救急車内で、出血多量で亡くなった」
と調書の作成中に聞かされました。
その場に居て、
一刻も早い延命処置が出来なかった、
しなかった事が悔やまれてなりません。
担当刑事には、
「撃たれた個所と角度から、応急手当をしても効果が無かっただろう」
と言われました。
しかし、彼の傷が、より軽傷であったとしても、
当時の私に最良の応急手当が出来たか?は疑問です。
建前上、
警備員には、一時救命処置が教育されているはずですが、
現実には、
必要な技能を、全警備員が身に着けているとは到底おもえません。
それらを実践できるレベルにまで引き上げ、
維持することが望ましいと、強く感じました。
それらを高レベルで実現している警備会社は、国内では少ないです。
警備業務の本質は、危険を遠ざけ、安全な環境を作り確保するという。
慢性的な安全の提供です。
我が国では法整備がなされ、
安全への環境が整っているため、
おそらく他国よりは容易です。
しかし社会情勢はめまぐるしく変化しており、
恒常的な安全や安心など存在しません。
安全とは、いつも不安定なモノなんです。
以上が20年前の経験から、わたしが導き出した結論です。
もちろん民間警備会社や一人の隊員にできることには限界があるでしょう。
しかしこれからは、
想定外や専門外という言葉に逃げずに、
ありとあらゆる手を尽くつという「気概」と、
限界を定めずに、スキルを追い求める「貪欲」さが必要です。
単なる用心棒的なイメージがあるボディガードを、
専門性の高い職業
「さすがプロフェッショナル!」
と感じていただけるように、
社会的な地位を上げていくのが目標ですね。
Oさんは素手で銃を制圧した、
国内でも数少ないボディガードの一人ですので、
その体験談はとても貴重な内容でした。
また本事案は、
国内の警備史において、重大案件のひとつに数えられる、
大変痛ましいものです。
一般の方々の防犯に、どこまで参考になるかは分かりませんが、
少なくとも我々警備業者は、
本案件から、少しでも多くの事を学ぶ義務があるのではないでしょうか?
ボデタンナビの運営者
加藤一統 一般社団法人暴犯被害相談センター 代表理事
民間警備会社で1995年より身辺警備(ボディガード)に従事し業界歴25年
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戦慄を禁じ得ない内容でした。
プロ意識がなんたるかを肝に命じて
毎日の営みを続けて行きます!
素晴らしいレポートありがとうございました。
お返事が遅くなり申し訳ありません。
こちらこそコメントありがとうございました。
今後ともよろしくお願いいたします。