【ボディガードの体験談】エピソード8|別れた元亭主に会いにいく

離婚

ボディガード体験談の第8回です。
今回は、モラハラ地獄から逃げた女性が、置いたたままの荷物を取りに行く際の同行警備。
料金の目安でも紹介している内容になります。
パートナーのDVやモラハラから避難するため、着の身着のままで部屋を飛び出る方は少なくありません。

その際に多くの方が直面するのが、
「置いたままの私物をどうするか?」という問題。

大事な荷物を取りに戻りたいけど、そこには二度と顔も見たくない相手が・・・
なによりも、自分一人だけで会うのは危険。
このような時の警護の需要が、近年増えています。

今回は、警護歴21年のN氏に話をうかがいました。

※個人情報保護の観点からアレンジを加えていますが、内容はすべて実話です。

N氏プロフィール
現在49歳 某大手上場を経て20代後半の時に身辺警備業界に転職。
某フルコンタクト空手全日本選手権で入賞経験あり。

身辺警護の体験談|別れた元亭主に会いにいく

元の住まい、そこにいるのは顔も見たくない男

本日はよろしくお願いします。
今回のテーマは、

「別れた配偶者宅から、私物を引きとる際の警護」です。
昨今かなり多い事案ですよね?

そうですね。
ただし以前から少なくはありませんでした。
ここ数年、個人の警護依頼の増加に比例して、さらに多くなった印象です。

もとから潜在的な需要がある内容だったのですね。
ではNさんのご経験の中から、事例をひとつ聞かせてください。

はい。
数年前ですが、とても印象に残っている案件があります。

依頼人は、都内に住む50代半ばの女性。
小柄で細身のおとなしそうな人でした。

数か月前から別居しており、ご依頼いただいた時は離婚調停の真最中です。
婚姻生活は30年以上、お子さんはいないとのこと。
とりあえず今は、妹夫婦の住まいに間借りしていると聞きました。

結婚30年ですか?随分長いですね。

こういうご依頼は、件数で言うと若い人からのほうが多いですからね。
しかし熟年離婚された方からも、時々ご相談をいただきます。

この種類の案件で、一番多いご依頼者の年齢や性別をおしえて下さい。

20~30代の女性です。
元配偶者ではなく、同棲相手と住んでいた部屋に荷物を取りに行く、というのが最も多いと思います。

今回あえて50代女性の例を選んだのには理由があるのですか?

異質な恐怖を感じた現場

はい、少々個人的な理由ではありますが・・・

私もそれなりに経験が長いので、危険な現場を多く目の当たりにしています。

しかしこの案件は、それらとは異質な危機感というか・・・
なんというか、内面的な異常さを感じる連中が相手の現場でした。
とにかく印象が強かった事案なんです。

暴力的な恐怖ではないという事ですかね・・・
ところで連中?という事は、元旦那以外にも警戒対象者がいたという事ですか?

ええ、そうなんです。

今回の依頼人・・・仮にA子さんとしておきましょう。
彼女の嫁ぎ先は、都心から電車で2時間ほどの片田舎。
昔はいわゆる「豪農」だったそうです。

当日は私を含め2名が同行しました。

こういったご依頼では2名が普通なのですか?

基本的に警護は人数が多いほど安全度が増します。
このケースでしたら、2~3名が妥当です。

しかしご予算など、クライアント側の都合がありますからね。
大抵のケースでは人数を絞ります。
そのため1名体制をリクエストされる事が多いですね。

しかし今回は、依頼人自ら2名を希望されていました。
安全性は増しますがコストがかさむので、意外とこういう方は珍しいんです。

よほど不安を感じていたのでしょうね。

奴隷のような結婚生活

当日は、13時前に最寄りの駅で依頼人と待ち合わせ、タクシーで元嫁ぎ先に向かいました。
駅周辺も閑散とした田舎でしたが、車で少し走ると周囲には畑しかありません。

その道中で、どんなハラスメントを受けたかを依頼人が訥々と語ってくれました。

かなり酷い目に遭っていたんですか?

そうですね。
その家は大変な旧家だったそうです。
それが理由かは知りませんが、閉鎖的で姑の当たりもキツかったと言ってました。
子どもが出来なかったことでも肩身の狭い思いをされたそうです。

30年間されてきた扱いを簡単に説明されたところ、

  • 夜は一番遅く寝て、朝は一番早く起きていなければならない。
  • 家事はほぼすべて一人でおこなう。
  • 少しでも家事に不手際があると延々と姑に説教される
  • 口答えは許されない。

等々を家族全員から。

さらに亭主からは、日常的な暴力もあったそうです。

とにかく人間は、長く主従関係が続くと、ちいさな口ごたえすら出来なくなります。
しかし正直言うと、似たような話はそう珍しくありません。

お辛かったでしょうけど、たしかに珍しいケースではありませんね。

異常の中では異常に気が付かない

そんな生活が30年も続いたので、それが当たり前になり、怒られるのは自分の責任と思っていたようです。
洗脳に近い状態だったのでしょう。

しかしある日、妹との電話で、
「それは異常だ」と指摘されて、はじめて客観的に認識したそうです。
それが離婚のきっかけだとおっしゃっていました。

なるほど。
むしろ異常な環境ほど、当事者には分かりませんからね。

あとA子さんは、
「見たら(元嫁ぎ先を)びっくりすると思いますよ」
とも言われていました。

しかしこういった案件の加害者は、多かれ少なかれ変わった人間です。
正直それほど気にしませんでした。
現地に到着したのは、タクシーに乗ってから約30分後。

門や塀がないので、はっきりどこまでが所有地かは分かりませんが、
かなり広い敷地に、大きな平屋が3軒と、古い物置小屋らしき建物が数軒建っています。

なかなかのお金持ちのようですね。

片田舎の豪農一族

たしかに相当な富裕層ですが、驚くほどではありません。

しかしタクシーを降りて、40~50mほど先の母屋に向かう時に、強烈な違和感を感じました。

母屋を背に並んだ老若男女7名が、ジッとこちらを見ているんです。
横一列に並んだ連中が、何を考えているか分からない目で見つめていました。
しかし無表情とも違う、怯えたような攻撃的なような・・・
とにかく圧迫感をあたえる目なんですよね。

うわ、怖っ!

その中の一人、60歳前後で小太り、短パンにランニングシャツの男性がニコニコしながら近づいてきました。

本当に怖いんですけど。

ですよね(笑)
いま思うと昔の角川映画みたいな雰囲気でした。

もちろん、その男性こそが元亭主です。
張り付いたような笑顔で
「ひさしぶり!待っていたよ!A子さん!」
と大きな声で近づいてきました。

A子さんの顔が強張りましたが、彼女は呼びかけを無視して、
「必要な物をいただいたら帰ります」
と毅然と言い放ちました。

他の6人は誰だったんですか?

姑・妹・妹の夫・その子供たち・・・だったかな?

Nさんたち警護は、どのように名乗ったんですか?

警戒モード全開で

我々から身分を告げる必要はありませんでした。
事前に依頼人が、警備会社の人間が同行すると伝えていたので。

ストーカーの場合、警備会社とは名乗らない方が良い、と前に別の方がおっしゃっていました。
身辺警護が語るストーカー(DV対応)の現実とは?

ストーカーとの話し合い案件ですね?
あの場合は警護と名乗らない方がいいです。
出来るだけ「たまたま居合わせた第三者」で通した方が、余計な遺恨を残さないので。

しかし今回は、たまたま居合わせたフリはできません。
また相手は依頼人を知り尽くした元配偶者。
うそも通じません。

警備会社であること隠さずに、最初から警戒モードを全開に出す方向で決めていたんです。

なるほど。
男女トラブルでも、ケースによって対応が大きく変わるんですね。

そうですね、型通りの対応というのはありません。
話しを戻します。

A子さんの私物は、一か所にまとめておいてくれる約束だったそうです。
しかし彼女は、
「あいつらは絶対にそんな事していない。むしろどこかに隠すと思います」
と、タクシーの中で言っていました。

もしそうなった時は、可能なかぎり家探しをするので、絶対に警護が必要と考えていたのです。

実際に隠されたんですか?

母の形見を隠す義母

母屋の玄関に大きめのスーツケースと紙袋が2つ置かれていました。
元亭主が言うには、
「君の物は、全部そこに置いたよ」
とのこと。

依頼人が、中身を丁寧に確認します。
一つをのぞいて必要な物は揃っていたそうです。

何が足りなかったんですか?

着物です。
お母さんの形見だそうです。

「着物はどこですか?」
と依頼人が尋ねました。

しかし元亭主は、
「ここにある物以外に、君の物はないよ」
と、事も無げに言い放ちました。
その後ろでは、姑が薄笑いを浮かべています。

A子さんの表情が、みるみる険しくなりました。
「母の形見の着物です!ない訳ないじゃないですか!!」と。

おそらくそんな元奥さんを見たことなかったんでしょうね。
家族全員が、はじめて表情を見せました。

とくに亭主は、奥さんに気圧されるなど、考えもしなかったと思います。
笑顔のまま引きつっていました。

気分の悪い連中ですね。
その後はどうなったのですか?

家族の序列

「だったら自分で探せばいいんじゃないか?」
と亭主が口にしました。

「ただし警備は赤の他人だから、上がってくれるな。入るならA子ひとりで」と付け足しました。

汚い男ですね・・・
しかしそう言われたら、入ることは出来ませんね。

そうです。
かといって依頼人を一人で入れる事はできません。

「本当にひどい・・・」といって、依頼人は涙を浮かべていました。
こんな来たくもない家に来た一番の目的はその着物だったんです。

向こうもその事は、百も承知だったんでしょう。

しかし中に入れなければ探しようがありませんね。
ところで、その家のパワーバランスはどうなっていたのでしょう?

姑がトップ、元旦那がナンバーツーで、妹夫婦は言いなりだったそうです。
一目でそれは伝わってきました。
特に妹の夫は、元亭主の命令なら何でも聞きそうなほど服従していました。
あくまで私の印象ですが・・・

彼らが隠したのは間違いないんですか?

もちろん証拠はありません。
しかし正直言って、
「あの連中なら、それくらいの事やるだろう」とは感じました。

彼らはなぜそんな無意味な事を?

無意味な復讐

それは分かりませんが、単純に嫌がらせだと思います。
他人から見たら、意味のない陰湿な行為をする人間もいるんです。

それが依頼人へのせめてもの復讐だったんでしょう。
逆恨みもいいところですが・・・

しかし逆に考えると、それ以上の報復はしてこないとも推測できます。
彼らとしては、A子さんに与えられる精一杯のダメージがそれなのですから。

結局探すのは諦めたんですか?

それではあまりに不憫ですし、我々が来た意味もありません。
私の独断で、
「このままでは埒が明かないので、110番通報します」と告げました。

警察ですか?
呼んでどうにかなります?

どうにもなりませんよ(笑)

名目としては
「私物を持ち帰る権利を侵害をされている」
という事になるのでしょうが、法的には何の効力もありません。
警察がきても「家族で話し合いなさい」と言って、帰るだけです。

そもそも我々に家に上がり込む権利はありませんので。
逆に、警察を呼ばれてもおかしくありません。

それを承知で通報を匂わせた理由は?

警察の介入が与える精神的ダメージ

後ろめたい人間にとって、警察と弁護士は、介入するだけでインパクトがあるんです。
自分のせいで事態が深刻な方向に流れていると、突きつけることができるので。

実際に通報を匂わすだけで、相手が大人しくなったり、状況が変わることは結構あります。
もちろん通じない事も多いですけど・・・

つまりダメもとですが、出来る事はしておこうと思っただけです。

その時はどうでしたか?

元亭主は、
「呼びたきゃ勝手に呼べばいい。こっちは何も困らん」
ともっともなことを言ってました。

しかし姑がそれを止めたんです。

「こっちへいらっしゃい」
と元亭主を見えないところに連れて行きました。

2~3分後に戻ってくると、
「そこまで言うなら上がって構わない。しかし好き勝手に動き回らないでくれ。」
と元亭主が不貞腐れた顔で言いました。

姑は警察を呼ばれると困ることがあったんでしょうか?

分かりません。
しかし、家に入る許可は得たので、依頼人と一緒にお邪魔しました。

結局、家探しできたんですね?

ベットリまとわりつく7人の視線

はい。
ただし家族の視線は、我々の一挙手一投足にベットリと静かに注がれています。
我々の後を7人で付いてくるんです。

昼間でしたが薄暗く静かな室内と相まって、不気味な緊張感がありました。
あの家で、30年間正常でいられた依頼人の精神力には脱帽です。

暴力的な攻撃を受ける可能性は低いと判断しましたが、油断は出来ません。
通常はあまりしないのですが、露骨な臨戦態勢のまま、2人でA子さんの壁になりました。

しかもその不気味な空気の中で、とくに異質だったのが元亭主。
探している間も異常に接近してきて、終始A子さんに猫なで声で話しかけてきました。
しかも隙あらば少しでもA子さんに密着しようとしてくるんです。

ちなみに話しかける内容は、
「僕も手伝うよ」「ココも探した方が良いよ」「そこの段差気を付けて」
など無意味なものでしたが、他の家族が静かに我々を見つめるのに対し、彼の作り笑顔と猫なで声が、本当に気味悪く不快でした。

しかし依頼人は慣れたもので、完ぺきに無視をつづけてましたね。

形見の着物は見つかったんですか?

結局見つかりませんでした。
広い家でしたが、さすがに個人の部屋までは入れませんので。

仕方がないので、約2時間さがして諦めました。

残念でしたね。
ご依頼人もガッカリされていたでしょう。

目的達成できず・・・

ええ・・・
「最初からこうなる覚悟はしていた」と言っていましたが、本当につらかったと思います。
それが目的で顔も見たくもない連中に会いに来たのですから。

その後はまっすぐ帰ったのですか?

はい、私の携帯からタクシーを呼びました。
到着まで20分くらいかかるという事なので、そこから離れた路上で待つことにしたんです。
あの家の敷地で待つ必要はありませんからね。
それに来たと同じように、全員が黙って横並びにこちらを見ているんです。

元亭主が駅まで送ると言いましたが、依頼人は完全に無視。
私のほうから、その必要がない旨をキッパリと丁寧に断りました。

最後まで未練たらたらな上に、なぜか今さらイイ顔をしたがる気持ちの悪い男でした。

依頼人は誰の目も見ないで「お邪魔しました」とそっけなく告げて、我々とその場を後にします。

とりあえず駅の方面に向かい歩きましたが、振り返ると元亭主と義理の弟が、道路まで出てきてこちらを見ているんです。
なぜか元亭主は手を振っています。

そのまま彼らの目が届かないところまで離れて、タクシーを待ちました。

その後は駅で解散ですか?

最後まで油断するな!尾行はめずらしくない。

いえ、念のため妹さんと暮らすご自宅まで送りました。
尾行の恐れがあるということなので、あらかじめ そういう契約にしていたんです。

結局、付けられている様子はありませんでしたが、一応尾行をまく行動をとりながら帰りました。

尾行を捲く行動というのは?

途中下車してタクシーに乗ったり、
さらにショッピングモールなどでタクシーを乗り換えたりと・・・
こうするとバイクを使わない限り、補足できません。

電車などの公共交通機関と車の移動をミックスすると、発信機でも使わないかぎり尾行は難しくなるのです。

この案件はこれで無事終了ですか?

はいそうです。
しかし目的の着物のピックアップが出来ませんでした。
それが心残りでもあり、申し訳ない気持ちですね。

Nさんの責任ではありませんけどね。

帰りの道中、A子さんはとても饒舌でした。
極度の緊張から解放された人は、テンションが上がることが珍しくはないのですが、先ほどとは別人のようです。

そのとき、何度もお礼を言われました。
それと、
「あの連中を前にして、あんなに堂々とした態度を取れたのは、30年で初めてです」と。

「着物は残念だけど、たぶん一人だったら怖くて一言もしゃべれなかった」ともおっしゃっていました。

安心感と、それによって対等に相手と向き合える事が、この警護のメリットなのでしょう。

安心感。それだけで断然有利になれる。

そう思います。
もちろん以前のA子さんが、どんな方だったかはわかりません。
しかし元亭主と家族を相手に毅然とした態度を取れたことで、自信を勝ち取ったように見えました。

しかしご依頼人の年齢を考えると、離婚はかなりの決断ですね。

本当にそうですよ。
どんなに酷いな家庭だったとはいえ、50歳過ぎでの離婚は相当な決意だったと思うのです。
老後を考えると、失う物も小さくありませんからね。

しかし、あの清々しい表情を見ると、離婚というネガティブな結果よりも、
新しい人生というポジティブな収穫のほうが大きかったのだろうと感じました。

何歳になろうと、不満のある人生に甘んじる必要はありません。
A子さんのように、重大な覚悟は必要ですが・・・


如何だったでしょうか?
Nさんによると、近年このようなご依頼は珍しくないといいます。
ボディガードの利用が、一般の方にも広まったことで顕在化したニーズは多くあります。
ストーカーという言葉が出来る以前から、つきまとい被害はありました。
今回紹介したような被害も、ここ数年で増えたわけではなく、昔から見えないところで多く発生していたと思われます。


おなじような悩みをお持ちの方にとって、本記事が解決の糸口になれば幸いです。

加藤 一統

ボデタンナビの運営者
加藤一統 一般社団法人暴犯被害相談センター 代表理事
民間警備会社で1995年より身辺警備(ボディガード)に従事し業界歴25年
ボディガードと探偵の依頼先をお探しの方に、条件やご要望に合う優良な警備・探偵会社を無料でご紹介。
長い業界歴を生かし「読みやすく価値ある」記事を提供いたします。

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