【ボディガードの体験談】エピソード4|トカレフの男と柳葉包丁の襲撃者|後編
現役のボディガードに、
印象的な経験を語っていただくシリーズの第4回。
今回は警護歴27年のM氏の実体験。
「トカレフの男と柳葉包丁の襲撃者」の後編です。
前編はこちら
前編では、拳銃を持った相手と対峙した話をうかがいました。
左腰に「トカレフ」を忍ばせた、招かれざる客の訪問。
その日は事なきを得たものの、
危険な訪問者は途絶えることがありません。
それから1週間後、
次に現れたのは、柳葉包丁を手にした、さらに危険な人物だったのです。
※個人情報保護の観点から、
若干のアレンジを加えていますが、内容は全て事実です。
また今回は、実際に現場でつかった、警棒による刃物の対処方法を、動画で解説します。
身辺警護の危険体験|トカレフの男と柳葉包丁の襲撃者|後編
トカレフの男、新木の件は収束したわけですが、
その後の現場はどうなりましたか?
その翌日から、
あらためて社長の身辺警護の継続が決まりました。
ただし今度は、期限の取り決めはありません。
さすがに「雇って損した」とは思わなかったのですね。
はい、おかげさまで。
しかしあの状況での警護継続は、当然の判断でした。
そして、さらにその1週間後。
今度はまた別のチンピラが、柳葉包丁を手に白昼堂々襲撃してきたんです。
新木とは別件ですね。
詳しく状況を教えてください。
今回も襲撃者は一人でした。
名前はたしか小川(仮名)だったかな?
新木の時のように、アポがあったわけではありません。
突然の来訪です。
その日事務所にいたのは、社長と事務員の女性と私の3人。
たしか午後2時ころだったと思います。
社長と事務員さんは自分のデスクに座り、
私は流し場の前に立っていました。
バーン!といきなりドアを開き、
身長が170cmほど、瘦せ型で薄汚いスウェットを着た男が、
何かをワメきながら事務所の中をキョロキョロ見回したんです。
見ると男の右手には包丁が握られていました。
酩酊状態で怒鳴り込んできたんですね?
というより、シャブを決めて人を刺しにきた感じです。
一見して分かるほどラリっており、とても話が通じる状態ではありません。
しかもターゲットを探すように、事務所を見渡しています!
なによりも「社長と事務員さんに殺意が向くのを避けなければ!」と思い、
「オイ!こっち見ろ!!」
と、大声で男の注意を私に向けました。
すると
「あんじゃぁコラァー!!」と怒鳴り、血走った眼でこちらを睨みつけています
これで私だけに注意が向きました。
その男 小川は、社長と事務員さんをスルーし、肩を揺らしながら真っすぐ私に近づいてきました。
Mさんの装備は特殊警棒だけですか?
はい、防刃チョッキなども着けていません。
ふつう警棒は、縮めた状態で携帯します。
本当にたまたまですが、小川の来訪すこし前に、社長から「警棒を見せて」と言われて伸ばしたんです。
一度振り出した警棒は縮めるのが大変なので、
そのときは伸ばしたまま腰の後ろに差していました。
これは運がよかったとしか言いようがありません。
その警棒を、小川から見えにくいように体の左側面に持ち、間合いが詰まるのを待ちました。
警棒が届く距離に近づく直前、小川は逆手に握った柳葉包丁を振り上げました。
その直後、空手の上段受けの要領で、小川の手首を警棒で打ち、返す刀で額を斜めにハスったんです。
包丁は落とせませんでしたが、直後に小川の額から血が滝のようにダーッと流れ出ました。
高確率で過剰防衛に問われる案件です。
そのとおりです。
しかしとっさの場面で、そこまで考えることは難しいですよ。
そのせいで、逆に刺されたら意味がありませんし。
包丁を叩き落とせなかったのは残念ですが、見事です。
分かりやすいように、記事では動画を入れます。
私は左利きなので、普通の人の動きと、若干ちがいますが、
参考にはなると思いいます。
注意するポイント
- スナップを使い額をかすめると、警棒でも刃物で切ったように出血する。
基本的に人間は、多量に出血すると、テンションが下がり戦意を失う。
しかし小川の場合、完全にへたりこむまでに5分以上のも要し、最後まで刃物は離さなかった。
薬物中毒者の場合は、戦意喪失までに時間がかかるケースがある。 - 極限状態の場合、警棒を刃物と見間違えることがある。
それによって、気持ちが萎えたり、逆に覚悟を決め突っ込んできたりと、反応は人によって違うので注意が必要。
小川の場合、戦意は喪失したが、刃物は捨てなかった。 - このケースでは、もともと警棒を伸ばした状態で携帯していた。
そのため振り出す必要がなかったため、即座に対処ができたと思われる。
もしも襲われてから振り出した場合、先に切られていた可能性は高い。
「警棒を振り出す」この一動作の時間を稼げない状況は珍しくない。
小川はどんな反応をしましたか?
通常人間は、自分から流れ出た大量の血をみると、せいぜい1分もすればヘタリ込みます。
しかし薬物の影響だと思いますが、小川は数分間、臨戦態勢をくずしませんでした。
ただし流れた血が目に入り、まったく我々が見えなかったようです。
つまり臨戦態勢と言っても、向こうから攻撃を仕掛けられる状態ではありません。
わめきちらしながら玄関付近まで後退し、壁を背にして包丁を左右小刻みに振っていました。
どう取り押さえたんですか?
じつは私が対応している間に、事務員さんが110番通報していたんです。
小川は包丁を握ったままでしたし、捨てるように問いかけても、聞く耳をもちません。
その間は、玄関近くの壁を背にして座り込み、左手で額を押さえ、右手では柳葉を突き出し牽制していました。
「ドス持ってるなんてズリィーぞ!」と、恨み言も言ってましたね。
自分は柳葉で襲い掛かったくせに?
そうなんです(笑)
しかも銀色の警棒を、刃物だと思い込んでたみたいです。
本来は一刻も早く、相手の包丁を取り上げるべきですが、こちらから近づかない限り、反撃ができる状態ではありません。
とりあえず社長と事務員さんを奥の倉庫に避難させ、私は小川の様子を観察しました。
しばらく待てば警察が来るので、あえて近づかずに、警察の到着を待つことにしたんです。
念のために、椅子とテーブルで簡易的なバリケードを作りました。
しかし待っても中々警察が来ないんですよ。
結局到着したときは、通報から10分以上経過していました。
23区内の話ですよね?
ええそうです。
じつは事務員さんが落ち着いた人で、相手が刃物を振りまわしている事や薬物中毒である事など、
要点を的確に伝えていたようなんです。
警察も凶器に備えて万全の態勢を整えていたらしいです(笑)
やってきた警官は全員完全武装しており、しかも総勢10人近くはいたと思います。
実際の到着時間と平均時間は、ケースによって全然違いますからね。
110番してから到着までの全国平均が7~8分でしたっけ?
しかし警察も、その時々で事情があります。
批判じみたことを言うべきではありません。
とにかくあとは警察官の方に引き継ぎ、私は調書作成のため、管内のT警察署に同行しました。
お疲れさまでした。
この件はこれで一件落着ですか?
はい、小川の件はこれで終わりです。
やむを得ない状況とはいえ、ケガをさせていましたので、告訴されることも覚悟していました。
しかしその後も特に訴えはなく、この件もこれで解決しました。
しかし実はこの現場、その後も1年ほど続いたんです。
当初の2週間から大分延びましたね。
新木の件、それとこの小川の件で、ご依頼人が、私を高く評価してくれたようです。
いま思うと、ベストの対応とは到底いえませんが、社長さんには、よい働きと映ったようですね。
それにその後も似たようなトラブルが次々おこり、休む間のないに大変な現場でした。
ずいぶんと刺激的な期間でしたね。
最初の数か月は、とにかく「招かざる客」の応対が大変でした。
しかも、これほどハードな現場なのに、一度も増員はされなかったんです。
私一人で一杯一杯の体制でしたので、緻密な警護とは程遠い内容でした。身辺警護というより用心棒ですね。
正直いって、かなり運に助けられていたと思います。
1年後に警備が解除になった理由はなんですか?
単にトラブルが減ったからです。
自分で言うのもなんですが、襲撃者は私がすべて排除しましたので。
ようするに襲いに来る連中からすると、
Mさんがいる限り襲撃は無理だと?
そんな大層なことではありません。
社長が打ち出した業界の浄化作戦が、効いてきた点が、なによりも大きかったのだと思います。
しかも彼らは一見徒党を組んでいるように見えて、複数人でやってくることはほとんどありませんでした。
怒鳴りこんでくる回数は多かったですが、大抵は一人で来てくれたので、何とかなったんです。
もしもあの狭い事務所で、本気で殺す気の複数人におそわれたら、一人では、とても防ぎきれませんでしたね。
ご予算の都合もあるので、
警護人数を警備会社が決めるわけにはいきません。
しかし、警護人数が少ないことによる弊害や、危険性の増大は、しっかりとお伝えするべきです。
それにこの案件は、運頼みの点が多すぎました。
いま思うとゾッとする事だらけです。
結果的に無事に終わりましたが、これは奇跡でしょう。
警護において、事前準備がどれほど大事か・・・本当に反省しなければなりません。
前回のOさんも、似た事をおっしゃっていました。(或る身辺警護員の忘れられない体験:参照)
結局は、「事前準備にどれだけ手間をかけられるか?」
現場の行く末はそこ次第ですから。
最後に、万一刃物と対峙した場合、警備として心がけるべきことを教えてください。
とても難しい質問ですね・・・
よく護身で大事なのは「逃げること!」と言われます。
もちろんそれが大前提です。しかし逃げようのない状況というのは珍しくありません。
警護の場合は逃げ道の確保も、警備計画の重要な項目ですが、現実には、逃げるという選択肢がない状況のほうが多いのです。
今回のケースもそうでしたね。
はい、出口には刃物をもった相手がいましたし、そもそもクライアントを無視して我先にと逃げられません。
つまり、相手を説得するか制圧する以外に方法がないんです。
刃物が相手のときに限らず、護身では、自分のアドバンテージを無駄にできません。
小川に襲われたときの、私のアドバンテージは警棒のリーチです。
そもそもの地力も、私の方が上だとは思いますが、そこを含めると主旨ががぼやけるので、置いておきましょう。
相手の力量が分からない以上「切り札を無駄にするな」という事ですか?
その通りです。
柳葉包丁の全長はおそらく30cmほど、私の警棒は約50cmなので、20cmも長いのです。
武器を相手にする場合、リーチが長いほうが断然有利なので、無駄にしてはいけません。
しかし、これがもっとも大事で、難しいのですが、アドバンテージを無駄にしないためには、先手をとる必要があるんですよ。
先手というのは先制攻撃ですか?
はっきり言うとそうです。
日本で警備をおこなう以上、正当防衛と緊急避難は考えざるをえない問題です。
警備のほうから手を出した場合、過剰防衛に問われる可能性が高いのは、ご存じの通りでしょう?
しかし多くのケースでは、先に手を出さなければ、自分やクライアントの命を守れないのも事実なのです。
過剰防衛で、自分が受ける刑罰と、先手を打たないことで失う何か、これを一瞬で天秤にかける!
この無理難題をこなすことが、警備における護身の真実です。
本日はありがとうございました。
機会があれば、他の体験も是非うかがいたいですね。
総括
いかがだったでしょうか?
これは20年以上前のお話です。
Mさん自身もおっしゃっていましたが、当時は、科学的な方法論を持たずに、アドリブにまかせたボディーガードが、めずらしくない時代でもありました。
とはいえ、自身の対応力のみを頼りに、現場をひとりで護ったMさん。
本人の言うように、運にめぐまれたのは確かでしょう。
しかし連続する災難を、1年もの間さばき切ったポテンシャルは驚異的といえます。
しかし、これは警備というより用心棒。
対応が後手後手になざるを得ないので、いずれミスが生じ、現場は必ず崩壊します。
プロの身辺警護である以上、ご予算の中でベストな警備・警護プランを提案してしかるべきであり、近年では多くの警備会社が実行しております。
ボデタンナビの運営者
加藤一統 一般社団法人暴犯被害相談センター 代表理事
民間警備会社で1995年より身辺警備(ボディガード)に従事し業界歴25年
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