【ボディガードの体験談】エピソード4|トカレフの男と柳葉包丁の襲撃者|前編
現役のボディガードに、現場での実体験を語っていただく本シリーズも4回目。
今回は警護歴27年のM氏から、国内の警護では貴重な、拳銃と対峙した体験をうかがいました。
前回のお話し(実体験!或る身辺警護員の忘れられない体験)と同様、日本でも銃による襲撃は、完全に想定内である、という現実を思い知らされます。
※個人情報保護の観点から、若干のアレンジを加えていますが、内容は全て事実です。
身辺警護の危険体験|トカレフの男と柳葉包丁の襲撃者|前編
まず自己紹介をおねがいします。
現在52歳です。
25歳でこの業界に入ったので、警護歴は27年になります。
前職はアパレル系でした。
アパレルですか?これはまた異色の経歴ですね。
そうですね。
この業界では、たぶん私だけだと思います。
Mさんオシャレですもんね。
なぜ畑違いの業界に転職されたんですか?
とくに前職への不満は無かったんですが、かといって決して満足もしていなかったんでしょうね。
そんなある日、たまたまボディガードの求人を目にする機会がありまして・・・
長いこと空手をやっていて、腕には多少の自信があったものですから、見た瞬間に「これだ!」と思ったんです。
翌週にはもう面接を受けていました。
前にも、ほとんど同じことを言った人がいました。
(身辺警護の実体験|はじめてのボディガードを参照)
ところで、ボディガードの求人とは珍しいですね?
ええ、滅多にないでしょうね。
デューダか週刊就職情報だったか忘れましたけど、求人誌に掲載されていました。
今思えば運命だったのかもしれません。
しかし何の相談もせずに、いきなり転職したものだから、
奥さんはカンカンでした(笑)
ご結婚されているのですか?
はい、子供もいます。
奥さんとは、だいぶ前に別れましたけど。
では、Mさんのキャリアの中で、
最も印象に残る案件について聞かせてください。
冷や汗の連続という意味では、
都内のある経営者の身辺警護ですかね・・・この業界に入ってから3~4年ころの話です。
「だんご三兄弟」が流行っていたころだと思います。
なつかしいですね。
人事トラブルの警護はよくありますけど、
特別な事情があったんですか?
具体的なことは、言えないのですが、一般の企業よりも、やんちゃな人が多い会社で、
中には元ヤクザ・薬物中毒者などもいるような、かなり個性的な企業さんでした。
なるほど、トラブルが多そうですね。
業種は何ですか?
すみません。具体的な業種は勘弁してください。
今はそんな人間ばかりの業界ではなくなりましたので・・・
社長さんはどんな方でしたか?
ちょっと古い表現ですが、青年実業家ですね。
さきほども言ったように、素性の良くない人間が多い業界だったのですが、業界の体質改善に奔走したり、自社だけでなく業界全体の健全化に尽力していたようです。
それなりに結果も出ていましたので、相当のやり手だとおもいます。
その分かなりワンマンでしたけど。
ただそのせいで、多くの人間からかなり恨みも買ってました。
そこで、具体的にどんな警護をおこなったんですか?
そもそもは2週間限定のご依頼だったんです。
脅迫電話が頻繁にくるので「念のため様子をみよう」と、周りのすすめで渋々警護を付けたようです。
そのため社長自身は、脅迫を甘く見ていたところがありましたね。
具体的なシフトは、
社長の通勤を含む8~18時までの1日10時間を、私1名でする護衛するという・・・つまりご自宅以外でのガードですね。
結局その2週間は、特にトラブルなく終了しました。
しかし最終日に、その社長が言うには、「なんか頼んで損したよ(笑)」と・・・
「身辺警護あるある」ですね。
なにも起きないと損だと思われるという・・・
しかし付加価値を伝えられない警備側の落ち度ともいえます。
おっしゃる通りですね。
お客様サイドから満足度を見れないボディガードは、今後は生き残れません。
それでその後はどうなりました?
2週間の警備期間が終わったので、翌日から別の現場に派遣されました。
しかし10日ほど経った日の夕方5時過ぎのことです。
その日はたしか、9月下旬の、やや暑い日だったと記憶しています。
新しい現場の勤務終了の直後に、会社から電話がありました。
「例の社長から、また依頼がきたぞ!」と。
さらに「直接現場には行かずに道場まで来るように」と指示をされました。
道場というというのは、会社が訓練で借りていた空手道場のことです。
たまたまですけど、その道場とご依頼人の事務所が、徒歩10分ほどの距離だったんです。
なぜわざわざ道場に集合なのか?が疑問でしたが、答えはすぐにわかりました。
わたしが道場に付くと、営業の栗原(仮名)と、新人隊員の安田(仮名)が待っていました。
「今回はヤバそうだから、安田と2名でガードしてくれ」と言い、栗原が紙袋を手渡してきました。
中を見なくても、大きさと重さですぐに分かります。
防弾チョッキと特殊警棒?
はい。
わざわざ届けに来るという事は、かなりの危険を想定しているという事です。
詳細はご依頼人から直接聞いてくれ、と言われ、防弾チョッキを着こんで、特殊警棒を右腰のベルトに挟み、
安田と現場に向かいました。
現場に到着して、2週間ぶりに社長の顔を見ると、あの時とはちがい、顔面蒼白の状態でした。
10日のうちに何があったのでしょう?
1時間ほど前に、3か月前に辞めたある男から、「今夜社長に会いに行くから待ってろ」と、電話があったらしいのです。
クセの強い従業員ばかりの会社ですからね。
社長さんも、イザコザにはある程度慣れてはいたんですが・・・その時の相手は、かなり問題のある男だったので。
元ヤクザですか?
ええ・・・でもそれだけなら珍しくはありませんでした。
電話をしてきたのは新木という男で、かなり凶暴な性格で、他の従業員からも恐れられていたそうです。
その反面リーダー的な存在でもあり、まるで牢名主のような男だったと説明されました。
「ろうなぬし」ですか?
ええ、社長さんが言うにはね(笑)
しかも「ドラッグのせいで、感情の起伏がはげしく、どこに地雷があるかわらない。
あと噂では、トカレフ(拳銃)を持っているらしい」と。
この新木だけは、早急に何とかしなければ、と思っていた矢先に、本人が会社に来なくなったとの事でした。
拳銃のトカレフですか?
当時国内に大量に流れ込んでいると言われてましたね。
ところで新木の要望は何だったのですか?
正直よくわからないんです。
もちろん金をせびるのが、一番の目的とは思いますが、おそらく本人も、具体的に何を要求したいのか?わかっていなかったと思います。
しかし社長は、退職金というか手切れ金として、50万円を支払う用意をしていました。
じつは会社は新木に、100万円近く金も貸しており、それをチャラにする、という条件も足すつもりでした。
警備配置を教えてください
話し合いの場に1名が立ち会い、新木に気付かれないように、奥の倉庫に1名が待機という配置にしました。
当然わたしは話し合いの場の担当です。
なぜ一人は待機にしたのですか?
社長さんの要望です。
彼が言うには、
「部外者が何人も同席すると、たぶん新木は機嫌を損ねる。
そうなると何をするか分からない」とのことでしたので。
とはいえ社長一人で対峙するのは、あまりに不安なので、警護の内1名は「最近雇った秘書」という名目にして、その場にいてほしいということでした。
かなり無理のある設定ですね。
はい・・・
あとで新木にもツッコまれます(笑)
広い事務所だったんですか?
事務所というよりは、普通の2部屋のアパートです。
入ってすぐの部屋を事務所として、奥の部屋は倉庫に使っていたんです。
事務所の真ん中には、膝上の高さの応接セットがあり、新木が訪れたら、倉庫を背に座らせることにしました。
そうすれば万一の時に、倉庫の安田が、背後から新木を押さえられるので。
素朴な疑問ですが、
目的もわからないような相手のアポを、なぜ受けたんですか?
そもそもは、そこが問題ですよね。
社長の考えでは、一度きちんと話すことで、この件を解決しようと思ったようです。
しかしこの発想は、まったくの見当違い。
きちんと話したり、誠意をみせることで効果があるのは、相手がまともな人間の場合です。
道理の通じない相手に、道理を説くのは時間の無駄ですし、逆効果になることもすくなくありません。
結局は徹底的に距離を置くしかないんです。
それは社長さんにも話しましたか?
もちろんお伝えしました。
「もし新木がきてもドアは開けず、お引き取り願うように」
「それでも帰らないなら110番通報が最善策です」と。
しかし社長は、「アポを受けた以上、会わないと何をしてくるかわからない」
とかたくなでした。「会っても何をしてくるかわからない相手」なのにです(笑)
ストーカー対応でも、同じ失敗をする方が多いですね。
その後の動きを教えてください。
先ほどもお話したように、私が話し合いに同席し、安田が倉庫で待機することになりました。
しかし隣とはいえ、倉庫からだと事務所の様子が分かりにくかったんです。
なので携帯を通話状態にして、安田には、音声で様子を探るように指示しました。
ちなみに突入指示の合言葉は「おねがいします」です。
その後、新木が姿を見せたのは21時すぎ。一人で乗り込んできました。
ここからが本番ですね。
はい。
新木は思ったよりも落ち着いた様子でした。
歳は40前後で中肉中背、やや長めのボサボサ頭で、暑いのにカーキのサファリジャケットを着ていました。
ジャッケトの下に、隠したいモノがあったんでしょうね。
なるほど、今回の現場は銃を持っている可能性も想定済みでしたね。
新木とは何を話したんですか?
彼の話は全く要領を得ない、支離滅裂なものでした。
たとえば、会社は従業員から搾取して私腹を肥やしているとか。
その金を社員に還元するのが、経営者のつとめだとか・・・
対して社長も、新木の機嫌を損ねないように言葉を選んでいました。
「あなたには金を貸しているが、なかったことにして構わない。
しかも特別に退職金を50万円支払う」と。
しかし、表現が遠回しなうえに、相手の読解力が足りないため、思うように話が通じません。
本来なら、かみ合わない話を続ける意味はないので、お引き取り願うところです。
しかし、社長から切り出すことは難しかったんでしょうね。
ところでMさんの存在について、触れてこなかったんですか?
予定どおり、最初に社長の方から「新しい秘書」と紹介されました。
しかし意外と気に掛ける様子がありません。
しかし1時間ほどして、話の内容が繰り返しになると、「ところでお前ダレだ!」と急にわたしに矛先を向けたりしてきたんです。
何と答えたんですか?
最初に決めた通りです。「秘書のMと申します」と答えました。
「いままで秘書なんか居なかったぞ!」
「しかもこんな奴が秘書なわけあるか!」と、もっともなこと言っていましたね(笑)
しかし他に答えようがないので、「秘書」で通しました。
そんなこんなで、長い水かけ論が2時間近く続きました。
さすがに これ以上は時間の無駄です。
社長からは切り出しにくそうなので、私の口からお引き取り願おうかと考えていた矢先に、新木の子飼いのチンピラがその場に乱入してきました。
何しに来たんですか?
そのチンピラはその時まだ在職中で、私が何者か知っていたらいしいです。
チンピラがいうには、「そいつはナントカゆう空手で優勝しとる男です!滅法強い奴じゃ!」
「引き上げた方がよろしいでっせ!」みたいな事を新木に伝えました。
要は、この場は引き揚げろといことです。
Mさんチャンピオンでしたっけ?
全然違います。
しかしそのとき、新木は私の拳ダコに気づいたようで「おまえ空手屋だろ!?」と(笑)
おかげで新木に緊張感というか、目付きが変わり、今までとはちがう張り詰めた空気になりました。
「カラテ屋」と呼ばれたんですか?
そうです、まぁ本当にそういわれたのだから仕方ありません(笑)
そのあと新木はこう続けました。
「お前が空手やってようが、関係ねぇけどな・・・」と余裕をみせながら、「指一本で殺せるからよぉ」
銃ですね?
はい。
ハッキリ銃を見せたわけでも、何か動きを誇張したわけでもありません。
しかし新木が自分の左腰を意識しはじめた事に加え、
殺意を明らかにしたことで、にわかに銃の存在が、大きなプレッシャーになりました。
しかし私も引くわけにはいきません!
ハッタリかますくらいしか出来ませんが・・・
しかし相手は銃を持った薬物中毒者です。
何が逆鱗に触れるか?普通の人間とは比較できません。
その通りです!ハッタリといっても一触即発です。
ひとつ言葉を間違うと命にかかわる状況でした。
もちろん穏便にすませることが最優先ですが、新木が銃を抜くのを待つ必要はありません。
当の本人も拳銃の存在をにおわせている以上、隙をみて攻撃を仕掛けるべき状況です。
しかし銃を持つ相手の威圧感は尋常ではないでしょう?
そうなんです!
テーブルを越しのわずか1.2mほど。飛びかかれば手の届く距離でしたが、なかなか自分から立ち上がることが出来ません。
絶対にありえないのですが、「オレが飛びかかかるより速く銃を抜くんじゃないか?」とか色々考えてしまって・・・
こんなときこそ倉庫にいる安田の出番です。
何度もそれとなく、通話状態にしていた携帯からヘルプを求めたんです。
安田さんの反応は?
当初の合図のとおり「お願いします」と話しかけましたが、一向に突入の気配がありません。
会話のところどころに「銃は困りますよ」や「本気で撃つ気ですか?」など、危険のアピールを混ぜましましたが、ウンともスンともないんです。
頼りにならない相棒ですね。
あとで聞いたら、携帯からの音声はほとんど聞き取れず、そのうち充電が切れたそうです。
それならば、他の手を考えるなりと、手はありそうですが、そもそも彼には適正がなく、私も思慮が足りませんでした。
事前準備をおろそかにすると、いかに危険か?の良い見本です。
結局どう決着したのですか?
とりあえず安田はあてに出来ないので諦めました。
じつは正直なところ、
その後の細かいやりとりは覚えていないんです。
しかし新木から、「ところでお前、銃の音聞いたことあるんか?」
と尋ねられたのですが、その後の会話はハッキリと覚えてます。
こうして聞くと陳腐な脅しですが、現場ではかなり強烈でしょうね・・・
何と答えたんですか?
「ありますよ」と答えました。
するとニヤニヤしながら「いま聞かしてやろうか?」と・・・
もしも新木の銃が本物だとしたら・・・何と答えるかは大事です。
そのとおりです。
なので「こんな夜中に撃つと近所迷惑ですよ」と返しました。
それは正解なんでしょうか?
どうなんでしょう?
まぁ模範解答ではありませんよね(笑)
しかし私がそう言うと新木は笑ったんです。
爆笑とまではいきませんけど、けっこうウケてましたね。
「おまえ面白いな!」と。
それで結局「今日のところは、引き上げるわ」と言って席を立ちました。
おそらく新木も引き際を探していたんでしょう。
私のふざけた回答が、振り上げた拳をおろすきっかけになった、という意味では、あながち間違った答えでもなかったと思いますが・・・
いずれにせよ相手を刺激しないことは重要です。
そして、しっかりと50万円を受け取り、新木は帰りました。
お疲れさまでした。
でもたしかに模範解答ではありませんね。
新木の場合はいい方向に転びましたが、逆にバカにされたと感じる人間もいますので、ケースバイケースです。
そもそも新木の場合は、もともと撃つ気がなかったと思います。
目的は脅しなので、こちらが引き際を用意してあげることも大事でしょうね。
ちなみに本気で殺す気の人間は、わざわざ武器を持っていることを教えてくれません。
ところで新木のトカレフは本物だったんですか?
本物だったと思います。
後に彼が逮捕されたとき、銃刀法違反も要件に入っていたので。
ともあれ、その日は無事に警護が終了し、帰るときには終電もおわってました。
トータル3時間強の現場だったことになります。
新木に関しては、それ以降あらわれなくなったんですが・・・
意味深ですね、また何か問題がおきたんですか?
ええ、別件ですけど。
その10日後にまた厄介な男が現れました。
別のチンピラが、柳葉包丁を手に白昼堂々と事務所を襲撃したんです。
しかもコイツは新木と違い、完全に我をうしなっていました。
ボデタンナビの運営者
加藤一統 一般社団法人暴犯被害相談センター 代表理事
民間警備会社で1995年より身辺警備(ボディガード)に従事し業界歴25年
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