【ボディガードの体験談】エピソード2|新米身辺警護:後編

前を向く男性

今年で身辺警護歴18年のM氏(45歳)の、初現場での体験をうかがっています。

前回では、駆け出しの恐ろしさゆえか、相手のヤクザのケンカ腰に、ケンカ腰で返すという、言うなれば、売られたケンカを買ったM氏。

そんな身辺警備として、考えられないミスを犯した彼に、挽回のチャンスはあるのでしょうか?

個人情報の保護上、個人名はすべて仮名ですが、内容は実話です。

新米身辺警護 【後編】

《前回の続き》

金子さんは私の問いかけに応じずに、2階の派手シャツが引上げたあとも、
「大丈夫かなぁ・・・大丈夫かなぁ・・・」と言い続けているものですから、だんだん私も心配になってきました。

そりゃそうでしょうね。
しかしルーキーとはいえ、いきなりキレるとは・・・

ヤクザ襲撃?

まぁ一旦それは置いておきましょう。
とにかく派手シャツは引いてくれたので、私としては一仕事終えたくらいのつもりでした。

しかし金子さんは浮かない顔でブツブツと「大丈夫かなぁ・・・大丈夫かなぁ・・・」とずっと呟いているんです。

あまりに心配そうなので「また来たら私が対応しますので大丈夫ですよ。」
と声をかけると、金子さんの口から、私は聞いていなかった新事実が語られました。

おだやかでは無さそうですね?

新事実!

単なるチンピラと油断していた私ですが、金子さんの話を要約すると、こうです。

  • 先ほどの男は、佐々木という2階に出入りしている若い衆の一人にすぎない
  • 2階は常時複数の人間が出入りしており、住居というより組事務所に近い
  • 金子さんが把握しているだけで10人近くが出入りしている
  • 二階の主人は大迫(オオサコ)という男で、風体も迫力も佐々木とは比べ物にならない

つまり私と怒鳴りあったのは、大迫という男の舎弟に過ぎず、むしろ金子さん的には、コレをきっかけに、報復されるのでは?と心配でならなかったんです。

つまり余計なことをしてくれたと?

ヤクザご一行様

そういうことですね。

不安は感じましたが、私のやるべき事は金子さんの警護です。
私がいる限り安心して大丈夫と、金子さんには言いました。

実際に細かい事は考えずに、やる事だけやろうと決めていました。

いや、考えた方がいいですけどね。
で、その後、大迫という人物は現れたのですか?

その後1時間ほど経ったころ、
エントランスから7~8人のガラの悪い集団が押し寄せてきました。

管理人室の頑丈な鉄製のドアが外から激しくたたかれ、小窓越しには、佐々木の他にも数名が「早く出てこい!コラァ!!」とすさまじい剣幕で怒鳴ってます。

ピンチですね!それでどうなさったのですか?

これはどうしようもない!という事で外に出ました。

えっ!また外に出たんですか!?

新米はしょせん新米

金子さんには私に何かあったら110番通報するように伝え、一人でサッとドアから出ました。

えっ?なんでそんなに出たがるんですか?

・・・・・

そういう状況での対応にルールはありませんでしたっけ?

まず110番通報と、可能であれば関係各所への報告。
そして警察が到着するまでの間、警備対象者の身の安全を守る事です。

でもMさんは外に出たと?

はい。

開けた瞬間にヤクザがなだれ込む危険もあったと思いますが?

はい・・・

自己顕示欲に負けたんだ?

というか、何も考えていなかったんでしょうね。
ほぼ反射的でしたので。

よく「最低限スキルは持っている(前編参照)」なんて言えましたね?

あっ!そんなこと言いましたね・・・やっぱり新米はしょせん新米でした。

話を戻しましょう。一人で出て行った後はどうなりましたか?

360度ヤクザだらけ

その後の対応も最悪だったと思います。
というか、細かい点までは覚えていないんです。

まずひとりで外に出たあと、自分の周り360度を7~8人のチンピラに囲まれ、完全に逃げ道を失いました。

後悔先に立たずですね。怖かったでしょう?

もちろん恐怖はありましたが、なんとなく「弱みを見せたり、引いたら負けだな」と感じていたので、虚勢はくずしませんでした。

それに不思議なもので、1対8ともなると、
一人でどうにかなる人数を大きく超えていますからね。逆に冷静になったりするんです。

ただ連中も、わたしが引かないので困ったと思います。
落としどころが無いと、本当に事件にするしかありませんから。

そんな時に大迫が登場したんです。

あぁ兄貴分のヤクザですか。どんな人でした?

ヤクザの兄貴

身長180cmちょいで体重も100kg近くありそうな、
迫力のある男でしたよ。
ピンストライプのスーツを着てね(笑)
いかにもな感じのヤクザでした。

ただ非常に物静かな男でしてね、その分凄みがありました。

どんなやり取りをしたんですか?

大迫が登場すると、場の空気が変わりました。
というかチンピラたちの背筋がピンと伸びるんですね。

細かいやり取りは覚えていませんが、大迫が言うには、
「お前も稼業の人間相手にイキがるんじゃない」
「お前の出方次第ではヤボな事しないから、こいつらに詫びろ」
こんな内容だったと思います。

それで謝ったんですか?

イチかバチか?

いいえ、断りました。
かわりに「自分は管理人ではない事・金子さんのボディガードである事」を話しました。

そして立場があるのは自分も同じで、謝ることは出来ないと伝えました。

一見かっこいいですけど一歩間違えたらアウトですね。
で、どうなりましたか?

私の名前と会社名、いつまでこの依頼を続けるのか?
みたいなことを聞かれました。
名前と社名は教えましたが、
「期間はあなた方次第」みたいに答えたんじゃなかったかな?

その後、大迫がどこかに電話をして、そのまま舎弟衆に囲まれたまま5分ほど待ちました。

その後「お前本当にカタギの警備員なんだな?ならこちらも何もしないから、今後お互い関わらないようにしよう」
というような事を言われたので「全く異存ありません」と答えました。

どうやら私をヤクザと勘違いしていた様でしたね。

大迫というヤクザは、なかなか貫禄ですね。

ええ、ものすごく雰囲気はありました。
舎弟からすると憧れの兄貴なのでしょうね。

しかし老人をイタブル集団のリーダーですから、しょせんクズです。

ハハハ辛辣ですね(笑)しかし怖かったでしょう?

演技か?バカか?

もちろんです!
大勢のヤクザに囲まれてクールでいる人は、演技か、頭がおかしいか、のどちらかです!!

私の場合は、その半々でしたが、先ほども言ったように、恐怖は意外と感じていなかったです。

これも繰り返しになりますが、
相手の人数が多いと自分の力ではどうしようもないですから。
むしろ開き直りに近い感情が生まれるのだと思います。

逆に相手が2~3人の方が、リアルで怖かったりしますね。

そうはいっても記憶が途切れ途切れなので、かなりの恐怖を感じていたのでしょうけど・・・

それでその場は丸く収まったんですか?

結果オーライ

一応おさまったと思います。
というのも、むしろ解放された後のほうが、記憶が一切ないんです。

極度の緊張から一転して、一気に気持ちがゆるんだせいでしょう(笑)

いずれにしても結果的には、私の対応が功を奏したんですね(笑)

その後トラブルは無かったんですか?

強制執行とは?

詳細は省きますけど、その2~3か月後くらいに、2階に強制執行が入ったのですが、その時の怒号は凄かったですね。

強制執行というのは裁判所から来た執行官の取り仕切りで、入居者と荷物を無理やり外に出すのですが、

やって来たのが「なぜヤクザの執行に、こんな人が来たの?」というくらい頼りない人だったんです。

さんざん脅されて、その執行官が過呼吸になってしまい、結局なにもせずに引き上げました。

全然強制じゃないですね、Mさんも何かしたんですか?

いえ強制執行は、裁判所と管理会社の仕事ですから。
私には何かする権利も義務もありません。
一部始終は見てましたけど。

という事は、金子さんの警護に関しては初日で解決したという事ですか?

管理人さんのその後

まぁ結果的にはそうなるのでしょうかね?
ただし金子さんにとって、それまでの経験は本当にしんどかった様で、
逆に問題が落ち着いたことで、これまでの事が恐ろしく思えてきたそうです。

結局は高齢で、体力的にも厳しくなってきたため、3カ月後にお辞めになりました。

金子さんが辞めた後は、うちの警備員が管理人の代わりに、制服で常駐しました。

記憶では、さらに半年くらいその体制が続き、2度目の強制執行のあと解体工事が始まったんじゃなかったかなぁ・・・

いずれにせよ、初めから警備員が常駐すれば良かったのでしょうね。
まぁ結果論ですが。

制服警備もMさんが引き継いだのですか?

事態の収束・大迫との再会

いいえ、制服は別の者が入りました。

ただしその者が休みの時に、代わりで入ることが数回あったのですが、
そうすると大迫の舎弟から「今日はガードマンか?」とからかわれたりしてね(笑)

ただしそんな時も笑顔を見せず、初日と同じスタンスを崩しませんでした。

それは大事ですね。
たまに警戒相手になぁなぁな態度をとる隊員がいますが、あれは見苦しいです。

ただ、その現場が終了して3ケ月後位に、街でばったり大迫に会ったんです。

それはまた奇遇な。

とある商店街に、見慣れたセルシオが停まってまして、ナンバーも覚えていたので、「近くに大迫がいる」と思い見渡すと、10mくらい先から、大きな男がこちらに向かって歩いてきました。

緊迫の瞬間ですね。

ええ、現場と違い精神的にオフの状態なので焦りましたが、向こうも私に気づているようでした。

なので大迫が近づくのを、そのまま待ったんです。

大迫氏は何を言いましたか?

いえ、とくに言葉は発しませんでした。
軽く会釈をしただけです。

どう返されました?

私も軽く会釈をかえしました。

それだけですか?

ええ、それだけです。大迫がなにを言ってくるのか?
と身構えていたので、ちょっと拍子抜けしました。

ただ私が会釈したときに、薄っすらとですが、
大迫が照れ笑いのような表情を見せたのを覚えています。

彼のそんな表情を見たのは初めてだったので、
不覚にも親近感みたいなモノを感じましたね。

今でも、彼がその後どうなったか?気にはなります。

最後に振り返りをお願いします。

総括!

今回お話ししたようなヤクザからみのケースは、20年くらい前までは頻繁にありました。

というよりも、ほとんどのご依頼が、今でいう「反社会勢力」関連だった気がします。

近年でもそういったご依頼は一定の数ありますが、親族の争いや会社と従業員のトラブルなど、反社とは無縁のご依頼も多くなりました。
わずか10~20年の間ですが、社会そのものに変化が生じているのでしょうね。

今回も生々しい話でした。
やはり初現場では、人それぞれの貴重な体験があるようです。

前回のKさんのお話しもそうでしたが、実際の現場は、人間臭さや泥臭さが入り交って、華やかさとは、ほど遠いモノでした。

ただ同じボディガードでも、前回のKさんとMさんでは、性格の違いからか、トラブルへの対応が、ずいぶん違う点も興味深かったです。

また機会があれば、別の方の初体験もうかがいたいと思います。

加藤 一統

ボデタンナビの運営者
加藤一統 一般社団法人暴犯被害相談センター 代表理事
民間警備会社で1995年より身辺警備(ボディガード)に従事し業界歴25年
ボディガードと探偵の依頼先をお探しの方に、条件やご要望に合う優良な警備・探偵会社を無料でご紹介。
長い業界歴を生かし「読みやすく価値ある」記事を提供いたします。

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