【ボディガードの仕事】救命処置講座|身辺警護に必須の応急手当とは?
本記事の著者:(一社)暴犯被害相談センター
代表理事 加藤一統 (ボディガード歴25年)
過去25年の警護経験で、わたしはクライアント様に対して、救命処置どころかバンドエイドを貼ったことすらありません。
運にも恵まれたとは思いますが、現場で救命処置が必要になることは稀な事態といえます。
ただし過去には救命が必要な現場に遭遇した隊員もおり、国内でも銃で撃たれたケースが存在します。
つまりイザという時「何も知りません」では話にならず、身辺警護にとって必須の知識であることは間違いありません。
しかし、その重要度に反して、余程研修プログラムの整った会社でないと、救命講義の時間は短いため、自主的に身に付けようとする心構えが必要です。
1.身辺警備がやるべき事・やってはいけないこと
誤解されている方がいますが、ボディガードの救命処置といっても特別な内容は一切なく、一般の応急手当と変わりません。
1-1 これだけを確実に行え!
ちなみにボディガードに必要な救命知識は
- 心肺蘇生
- AEDの使用
- 止血法
- 骨折箇所の固定(本記事では省きます)
おもに上記の3つだけです。
お気づきの方もいると思いますが、
全国の自治体が開催している「応急手当講習」以上の内容ではありません。
詳しく学ぶために、一度お住まいの自治体や防災センター主催の講習会へのご参加をお勧めします。
受講内容や主催団体によりますが、時間は半日ほど・費用は無料~千円程度です。
1-2 傷病者の発見から救急車到着まで
119番通報から救急車到着まで全国平均は8~9分程ですが、その間に何らかの応急手当が行われたケースは10分の1以下にすぎません。
もしも救急車到着前に応急手当をおこなった場合、助かる確率は2倍近くに上がり、社会復帰率は2.5倍も高くなります。
応急手当は行うか否かで生存率が大きく変わる、とても重要な行為とお分かりいただけると思います。
ボディガードはもちろんの事、すべての人が身に付けておくべき知識です。
1-3 必要以上の処置は行わない
医師法では「救命の現場にたまたま居合わせた住民が救命処置などの応急手当を行うことは医業にあたらない」とされています。
また応急手当の実施により生じた結果は、「悪意または重過失がなければ、民事上の責任を問われることは無い」とされています。
つまり善意で施した応急手当は、原則として法的責任に問われることは無いと考えられますので、「手当を失敗すると罪になるのでは?」とは考えずに、出来ることを積極的に行うべきです。
ただし逆に言うと、応急手当の範疇を超えた行為は慎むべきであり、二次救命(手術や投薬)まがいの真似は絶対にしてはいけません。
医療技術を持ち合わせたボディガードが、負傷者に高度な治療を行うのはフィクションであり、現実には必要ないどころか、場合によっては訴訟に発展する可能性があります。
2.身辺警備の一時救命処置
一時救命とは、救急隊員もしくは医師に引き継ぐまでに、一般人でも行える下記の行為を指します。
- 心臓マッサージ
- 人口呼吸
- AED操作
- 圧迫止血
- 気道異物の除去(喉に詰まった物を吐かせる)
それに対し、医師が行う医療行為を二次救命処置と呼びます。
2-1 一時救命処置の流れ
「傷病者の発見から救急車が到着するまで」にするべき事を時系列で説明します。
1.周囲の安全確認:
傷病者がいるという事は、そこに何らかの危険がある可能性を示唆します。
二次被害を防ぐために、周囲の安全確認をしてから傷病者に近づきましょう。
- 交通量(車にひかれる危険は無いか?)
- 地形(落石・土砂災害に巻き込まれ)
- 危険人物(事件の場合、負傷者を傷つけた相手が周囲にいないか?)
2.意識の確認:
傷病者に意識があるか?の反応を「声掛け・肩を叩く」で確認する。
呼びかけに対し何らかの返答・目的のある仕草があれば訴えを聴き、必要な手当てをおこなう。
「反応が無い・けいれんのような動き・判断に自身が持て無い」場合は意識なしと判断して構いません。
3.119番通報&AED依頼:
意識が無い場合や救急車が必要な時は、ただちに下記を行う。
- 自分以外に人がいない場合は119番通報をする。
- 周囲に人がいる場合は119番通報を依頼する。
- 〃 AEDを探してもらう。
4.呼吸の確認:
以下の場合は呼吸なしと判断する。
- 10秒間腹や胸を観察しても動きが無い。
- しゃくり上げたり、途切れ途切れ、イビキの様に不安定。
- しっかりと呼吸している確信が持てない。
5.胸骨圧迫:
いわゆる心臓マッサージ(2-2で説明)
6.人口呼吸
自信がない場合・マウスtoマウスに抵抗がある場合は省略可(2-3で説明)
7.AED使用
自分以外に人がおらず、また直ちに取りに行ける場所にAEDがない場合は、
胸骨圧迫・人口呼吸を優先。
※傷病者が呼吸を取り戻すか、救急隊員が「代わります」と言うまでは5~7を繰り返す。
2-2 胸骨圧迫
いわゆる心臓マッサージです。
心臓の停止は血流の停止を意味しますので、当然脳にも血が巡っていません。
脳への血流停止時間が長引びくと、命が助かっても脳が正常に回復する可能性が著しく低下します。
止まった心臓の代わりに、心臓のポンプ機能を補うのが胸骨圧迫です。
胸骨圧迫のポイント
- 利き手の掌底を胸骨の下半分に当て、逆の掌をその上に重ねる
- 力が逃げないように肘をまっすぐ伸ばし、両腕で真上から押す
- 押す強さ(深さ)は約5cm(単三電池一本分・手の平1枚強)
- 速さは1秒に約2回(1分間に100~120回)
- 1セット30回(人工呼吸をはさむ場合)
※正しい方法は文章では伝わりません。関連動画がYouTubeに沢山ありますのでご覧になってください。
はじめて救命の現場に遭遇した場合かなり混乱すると思いますが、救命処置は時間との勝負です。
何より大事なのは少しでも早く開始し「強く・早く・絶え間なく」胸骨圧迫続けることです。
2-3 人工呼吸
昨今の感染に対する警戒感をかんがみて、実施者に抵抗がある場合は無理に行わなくてもよい事になっています。
また直接口と口が接触するのを防ぐため、できれば蘇生用マウスピースの持ち歩きを推奨します。
正しい人工呼吸はかなり難しいので、自信がない場合も省いて構いません。
その分の時間を胸骨圧迫に当てましょう。
人工呼吸を行うタイミングは、30回の胸骨圧迫の後に2呼吸です。
基本的に心肺蘇生は「胸骨圧迫30回+人工呼吸2回」が1セットになります。
人工呼吸で最も注意しなければならないのは「呼気」の強さです。
風船を膨らますような「フゥー」の吹込みだと強すぎます。
「ハーッ」のイメージで行いましょう。
吹き込む前に深呼吸をする必要もありません。これで大丈夫なの?と不安なくらいの吹込みでOKです。
むしろ吹込みが強いと嘔吐を促し、吐いた物で気道を塞ぐ恐れがあります。
目安は、吹き込んだ時に傷病者の胸がわずかに上がる程度です。
※特に乳児への人口呼吸は、最悪の場合失明の恐れもあるため、
自信が無ければ胸骨圧迫のみに専念した方が無難です。
子供の場合、胸骨圧迫の強さ(深さ)は胸の厚みの1/3が目安。
赤ちゃんの場合は2本指で、小さいお子さんの場合は片手でなど、対象者の体格に合わせた方法で行ってください。
2-4 AEDの使い方
AEDには多くの種類があり、使い方も微妙に異なります。
ただしどの機種も、不慣れな方が操作をする前提で作られており、使い方はシンプルな上、分かりやすく手順が示されています。
したがって本記事ではAEDの操作方法については触れません。
素肌に装着する:
AEDは粘着性のパッドを傷病者の身体に貼りますが、衣服の上からでは効果が無いので上半身をはだける必要があります。
傷病者が女性の場合、周囲の人に上着などで見えないようにしてもらうなどの配慮をしましょう。
パッドは心臓を挟むように貼る:
パッドを身体のどの位置に貼るかがイラストで指示されていますが、身体の小さい子供やペースメーカーがある方などは、指示通りの場所に貼れない事があります。
その場合は、どこであれ心臓を挟む位置に貼れば問題ありません。
胸骨圧迫は中断しない:
順番的に、胸骨圧迫中にAEDが届くケースが多いと思います。
ただしAED装着中も、胸骨圧迫は中断してはいけません。
「解析中」と「ショックを与えている最中」は傷病者に触れてはいけませんが、
AED自ら近づかない様に音声指示を出しますので、
その間以外は心肺蘇生を継続しましょう。
※やむを得ず中断する場合は10秒以内を心がけてください。
アプリインストールのすすめ:
近年では、現在地近くのAEDの場所が地図上に表示されるアプリがあります。
「AED アプリ」で検索すると幾つか見つかりますので、ダウンロードしてはいかがでしょうか?
2-5 止血の方法
おもに必要なのは「直接圧迫止血」ですが、ボディガードの業務内容的に「止血帯」についても紹介します。
直接圧迫止血法:
基本的に一般人が行う止血方法は、直接圧迫止血で十分です。
圧迫止血とは文字通り、ガーゼなどで患部を直接押さえて血を止める方法で、大抵の出血はこれで止まります。
ただし感染防止のためにゴム手袋か、無ければビニール袋などの代用品を必ず装着しましょう。
ターニケット(止血帯)を用いた止血法:
写真は米軍が開発した「CAT(コンバットアプリ―ケーションターニケット)」高価ですが、片腕さえ動けば負傷者が自ら操作できる優れた止血帯です。
ターニケットを使った方法はリスクが伴うため、一般の救護者には推奨されていません。
既に心肺停止状態の傷病者に使うAEDと違い、万一を考えると使用するべきか否かの判断が難しいのです。
しかし四肢断裂や、生命を脅かす大量出血やショック状態の場合など、命の危険が明白な場合は、ためらわないで下さい。
実際にボストンマラソンの爆破テロ時においては、即席の止血帯による応急手当で多くの人命が救われています。
ただし間違った使い方は、症状を悪化させる危険があります。
(一度締め付けたターニケットを緩めるとクラッシュ症候群を引き起こす危険がある)
しかもターニケットの使用は激痛を伴うため、大抵の負傷者は外すように強く懇願します。
それでも一度巻いたターニケットは医師の診察まで外してはいけません。
※身体を長時間圧迫後に急に解除すると、
血中のカリウム濃度の急上昇により、高カリウム血症で心臓が停まる症状
2-6 身辺警備用の携帯応急手当グッズ
応急手当は基本的に、手近のモノを利用しますので、多くのモノを持ち歩く必要はありません。
ただし出来れば下記3点は常備したいものです。
- 三角巾(写真ではコンパクトに畳んでいます)
- レサコ(蘇生用マウスピース)
- ビニール手袋
※ハンカチ・バンダナだと大きさが足りないので、出来れば三角巾をおススメします。右の写真のようにセットで袋に入れておくとコンパクトにまとまり便利です。
備考:
応急手当のガイドラインでも、素人が行う止血方法は直接圧迫止血以外を推奨しておらず、また実際にほとんどの出血は圧迫止血で対応可能なので、それ以上の行為は必要ありません。
必要に応じて「CAT」などの軍用ターニケットを装備しても良いかもしれませんが、正しい知識のない応急手当は救護とは言えませんので、知識のない方は使ってはいけません。
また、「クイッククロット」や「セロックス」といった局所止血剤が役立つ場面もあるかもしれませんが、
取りあえずは上記三点で十分でしょう。
参考書籍:
応急手当講習テキスト救急車がくるまでに
ボデタンナビの運営者
加藤一統 一般社団法人暴犯被害相談センター 代表理事
民間警備会社で1995年より身辺警備(ボディガード)に従事し業界歴25年
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