ボディガードが語る、刃物の恐怖と護身術【前編:マインドセット】
この記事の著者:一般社団法人 暴犯被害相談センター
代表理事 加藤一統 (ボディガード歴26年)
報道などで頻繁に目にする、刃物を手にした者による凶悪な犯罪。
特に電車という、日常に欠かせない空間で、次々と起きた事件は、日本中にすさまじい恐怖とショックをあたえました。
被害者はもちろん、多くの人に深い心の傷を残す、許しがたい蛮行。
これらの災難は、出遇わないように祈るしかないのでしょうか?
残念ながら、助かるための確実な方法はありません。
しかし、被害に遭いくくなる方法は、確実に存在します。
1.実際「逃げる」ことって出来る?
「犯罪」と「交通事故」には、多くの共通点があります。
またどちらも、どれだけ気を付けていても、完全に避けることは出来ません。
しかし現実に、事故に「遭いやすい人」と「遭いにくい人」がいるのは、ナゼでしょうか?
問題は、運や偶然だけではないのです。
1-1 予測しやすい犯罪と、予測できない犯罪
「犯罪」と「犯行現場」には、因果関係があります。
言い換えると、多くの犯罪は、どこで起こるか?を、推測できるのです。
例えば空き巣であれば、人目に付く大通りよりも、閑静な住宅街で発生しやすくなります。
子供狙いの誘拐犯が、夜の繁華街で獲物を物色することはありません。
これを暴力に置き換えてみましょう。
ケンカや恐喝であれば、危険な人物の多いエリア・コミュニティを避けることで、被害に遭う確率が減ります。
実際に暴力犯罪の多くは、そういった人物の集まる場所で起こります。
ただし例外が、通り魔です。
人の目を気にせず、赤の他人の殺傷を目的とする通り魔は、それなりに人の多い場所であれば、どこでも起こる可能性があります。
通り魔には、自分よりも弱そうな人間を襲う、という共通点があります。
しかし、弱そうな人間を物色できるのなら、場所はどこでも構わないのです。
通り魔は、どこでも起こりえる犯罪です。
発生件数は、一般的な暴力にくらべてかなり低いですが、社会生活を送る以上、誰でも遭遇する可能性があります。
1-2 達人でも助かる保証はない
暴力への対策で、まず頭に浮かぶのが護身術でしょう。
格闘技や武術が、強力な自衛手段になることは間違いありません。
しかし護身術の効果と結果は「相手・場所・タイミング」で大きく変わります。
熟練者でも、100%身を守れはしないのです。
護身術で防げる危険は、日常に潜むトラブルのほんの一部。
しかも成功率は、決して高くありません。
多くの専門家が「逃げること」をすすめる理由はここにあります。
ただし、武術を学ぶことは無駄ではありません。
むしろ環境や時間を作ってでも、打ち込む価値があります。
余談ですが「護身術」は、武術が人生にあたえる恩恵の一つに過ぎないのです。
護身術は車で例えると「エアバック」無くても問題なく走行します。
しかし装備をすれば、安全性はもちろん、安心感が確実に上がります。
ただしエアーバック搭載車だからと言って、赤信号を無視はしないでしょう。
基本的な対策やルールを守ってこそ、護身術も生きると考えるべきです。
1-3 戦うしかない時もある
被害者にとって、暴力は災害と同じです。
襲われたら、まずは逃げることを最優先に考えるべきです。
ただしこれは、あくまで理想にすぎません。
現実には、逃げることすら出来ないケースも多くあります。
じつは「逃げる」ためには、数おおくの条件が必要です。
「体力」や「空間の広さ・奥行き」など、物理的な条件はもちろん、非日常の恐怖におそわれながら、正しい行動が取れるのか?つまり精神状態も、結果が大きく左右します。
これらの条件が揃うのは、むしろ幸運といえます。
さらに、もし小さなお子さんを連れていたら、どうでしょう?
引率の先生など、責任ある立場の方が、我先にと逃げられるでしょうか?
クライアントを見捨てて逃げるようなボディガードがいたら?
職業や責任まで考えると「逃げる」というのは、それほど簡単ではありません。
つまり現実には、抵抗する(戦う)しか、選択肢がない状況も十分に考えられます。
2.暴力には種類がある
そうは言っても、真っ先に考えるべきは「逃げる」こと!これは間違いありません。
逃げる秘訣を知るには、暴力の「種類と特徴」を知る必要があります。
ケンカや怨恨など、特定の個人への攻撃なのか?それとも、通り魔のように、不特定多数を標的にしているのか?
両者には決定的な違いがあります。
2-1 大抵の暴力はこのパターン
9割以上の暴力は、なんらかの恨みを晴らすために振るわれます。
つまり原因の多くは、人間関係のこじれです。
「暴力は相互作用である。被害者の反応の仕方で、口論で終わるか殺人に発展するかが決まる」
これは、法律学博士ジョンモナハン氏の言葉です。
トラブルの本質は、ここに集約できるのではないでしょうか?
本来暴力は、誰にとっても望ましい選択肢ではありません。
他に問題の解決方法があれば、そちらを選びます。
人は代償に見合わない行為をしないのです。
よって相手を観察すれば、暴力の予測はかなり正確にできます。
人が一線を越えるのは、ブレーキが壊れたときです。
多くの人にとって、ブレーキ(自制)になるは、おもに下の5つ。
- 正当性:すべての非が相手にあると思っている(実際にどちらが悪いかは関係ない)
- 家族:もし自分が逮捕されたり、刑務所に入ったら・・・特に家族のある者は、大きなためらいになる。
- 暴力経験:過去に問題解決に暴力を選んだ者は、暴力に対するハードルが、普通の人より低い。
- 無職:失職は、自己肯定感を失い、考え込む時間が多い可能性がある。暇は人をネガティブに引き込む。
- 選択肢:たとえば裁判など、問題について争う場所があれば、暴力を選ぶ可能性は低い。逆に合理的にプライドを回復する方法がない者にとって、暴力は選択肢になりえる。
これらを総合的に判断し、揉めている相手が、危険な精神状態と感じたら、直接的な接触は絶対に避けましょう。
弁護士など、第三者の介入が必要です。
2-2 通り魔は特殊な暴力
先ほどのケースとちがい、自分と一切関係がなく、面識すらない相手をおそうのが通り魔です。
通り魔犯罪には「攻撃の前兆が分かりにくい」という、大きなネックがあります。
つまり「気付いたら刺されていた」ということも十分あり得るのです。
それを避ける唯一の方法は「いち早く行動する」ことです。
そのためには、少しでも早く危険を察知する必要があります。
突然の暴力を避ける方法は「いち早く危険を察知」→「素早く行動」他に方法はありません。
ただし危険を察知したあとに取るべき行動は、人によって変わります。
たとえば警察官のように、市民を守る立場の人と、一般人のように、わが身の安全を優先すべき人では、行動が真逆になることがあります。
ただしどちらの立場でも「危険を認識する → その場を離れる → 無理なら闘う」という、一連の流れは同じです。
一つ言えるのは、通り魔は無差別に人を襲っていません。
本人が自覚しているか?は別にして、犯行が簡単な相手を選んでいます。
簡単な相手とは「自分よりも弱い」あるいは「隙が多い」人のことです。
もちろん年齢や性別はどうしようもありません。
しかし狙われにくい行動は、心がけ次第で誰でも身につきます。
次項では、その具体的に必要な条件を解説します。
2-3 護身の命綱は、時間と距離
突発的な暴力を避ける最大のポイントは「いち早く異変に気付くこと」と話しました。
「逃げる」か「戦う」どちらを選ぶにしても、大事なのは「決断の早さ」です。
異変にいち早く気付き、行動が早いほど、時間と距離をかせげます。
身を守る上で、最も大事なのは技術ではありません。「時間」と「距離」です。
そのためには、目と耳から入る情報が命綱になります。
当然ですが、スマホに夢中では異変に気付けません。
ただし今の社会で、完全にスマホに見ないというのも非現実的でしょう。
例えば電車なら、駅に停まってドアが開いたときに、どんな人が乗ってくるかを確認する。
このわずかな習慣で、危険への感度は確実に上がります。
ながらスマホは、家でいうと「カギ開けて留守にしてます!」と貼り紙をしているようなもの。
もし通り魔に遭遇したら、真っ先に狙われます。
犯行のルール決めるのは犯罪者。襲うタイミングも犯罪者次第です。
ただし、肩が凝るような警戒をする必要はありません。
まずはスマホに目を落とす時間を、意識的に減らしましょう。
そうすることで、頭の隅に意識が芽生えます。防犯のより所は「意識」です。
意識が「危険レーダー」を育てます。
時間はかかりますが、最終的には無意識に違和感が目に飛び込むようになるでしょう。
今回は、護身に必要な「マインド」を説明しました。
護身において大事なのは、技術よりも心がまえです。
身を守るための条件は「いち早く危険を察知」→「素早く行動」であり、カギは、どれだけ「時間」と「距離」を稼げるか?です。
大げさではなく、この前提を理解していないと、どれほど技術があっても役に立ちません。
次回の後編では、具体的な方法を解説します。
ボデタンナビの運営者
加藤一統 一般社団法人暴犯被害相談センター 代表理事
民間警備会社で1995年より身辺警備(ボディガード)に従事し業界歴25年
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